国立感染症研究所

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2016年に北海道で発生したダニ媒介性脳炎症例

(IASR Vol. 38 p.126: 2017年6月号)

ダニ媒介性脳炎ウイルス(TBEV)は, フラビウイルス科フラビウイルス属に属するウイルスで, 自然界ではマダニによって媒介される。TBEVはマダニの中で, 経齢間伝達および経卵巣伝達することが知られており, 即ちマダニの中で世代を超えて長期間ウイルスが維持されることが可能である。野鼠や鹿等の野生動物とマダニの間で感染環が維持されているが, 感染マダニの吸血により家畜動物やヒトを含めた幅広い動物種に感染する。一般に家畜動物では感染しても無症状であるが, 生乳を介したヒトへの感染がヨーロッパで報告されている。またヒトが感染した場合, 多くは無症状であるが, 発症した場合, 重篤化して致命率の高い脳炎を引き起こす可能性が高く, 回復後も後遺症が残ることが多い。

 ダニ媒介性脳炎(TBE)はユーラシア大陸の広域で発生しており, 年間1万人前後の患者が発生している。主な媒介マダニはIxodes属のマダニで, その生息地域と患者発生地域には相関があるが, 近年は韓国など, Ixodes属のマダニが生息しない地域においてもTBEVが分布しているとの報告がある1)

日本においては, 1990年代前半までTBEVは存在しないと考えられてきたが, 1993年に北海道南部の上磯町(現北斗市)において, 国内初のTBE患者が発生した2)。この患者は海外渡航歴も無いことから, 国内における感染が疑われた。その後の我々の調査により同地域の哺乳動物やマダニから極東型TBEVが分離され, TBEVの流行巣が存在することが示された3,4)

20年以上TBE患者の発生の報告はなかったが, 我々はTBEV感染に対する診断系を確立し, 継続的な疫学調査を実施してきたところ, 患者発生地域においてTBEVの流行巣は存続しており, 道央から道南地域にも広く分布している可能性を示している5)。また北海道以外においても, 野生動物を対象とした血清疫学調査により, TBEVもしくは近縁のダニ媒介性フラビウイルスの感染を疑われる事例が示されている。

2016年8月に23年ぶりとなるTBE患者が報告された。患者は40代の男性で渡航歴はなく, 7月中旬に北海道内でダニによる吸血を受けた。その後, 発熱, 筋肉痛等の症状を呈し, さらには脳炎・髄膜炎を引き起こし, 治療の甲斐無く亡くなった。

当初, ダニの刺咬歴からライム病を疑われたが陰性で, その後ダニ媒介性脳炎に対する診断が行われた。発症後の血液・髄液からリアルタイムPCRによるTBEV遺伝子の検出を試みたが, 陰性であった。血清学的診断として蛍光抗体法および中和試験によるウイルス特異的抗体の検出を試みたところ, 蛍光抗体法ではTBEVおよび, 同じく日本に常在するフラビウイルスである日本脳炎ウイルスに対する高い抗体価が認められた()。しかし中和試験においてはTBEV特異的な中和抗体のみが有意に上昇していたため, TBEと診断された。

TBEVが少なくとも北海道の広い範囲に分布している以上, この23年間で2名しか感染者が存在しないとは考えられず, 無症状感染者や軽症患者・脳炎患者の中でも診断がつかずにいた感染者は少なからずいたと推定される。日本ではTBEに関しては, 医療関係者も含めて認知度が低い感染症であるため, 今後は十分な周知・啓発活動を行い, 診断体制を確立した上で, ヒトにおけるTBEVの感染状況の詳細を明らかにするとともに, ワクチン導入などの適切な予防対策を検討していく必要性があると考えられる。

 

参考文献
  1. Ko S, et al., Journal of Veterinary Science 11: 197-203, 2010
  2. Takashima I, et al., J Clin Microbiol 35: 1943- 1947, 1997
  3. Takeda T, et al., J Med Entomol 35: 227-231, 1998
  4. Takeda T, et al., Am J Trop Med Hyg 60: 287-291, 1999
  5. Yoshii K, et al., The Journal of Veterinary Medical Science/the Japanese Society of Veterinary Science 73: 409-412, 2011

 

北海道大学大学院獣医学研究院公衆衛生学教室 好井健太朗
市立札幌病院 神経内科 田島康敬
同 救命救急センター 坂東慶介
同 皮膚科 守内玲寧

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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