国立感染症研究所

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2016年の長崎県対馬市における日本脳炎患者発生およびその背景に関する疫学調査

(IASR Vol. 38 p.155-156: 2017年8月号)

はじめに

2016年第39週(9月26日~)に, 感染症発生動向調査(NESID)において, 長崎県対馬保健所管内の医療機関より日本脳炎症例が4例報告された()。4例は, 全例で対馬市での感染が推定され, 平時は屋外で活動しており, 自立した生活が可能であった。これまでに当該保健所管内からの報告例は無かった。近年の日本脳炎患者の報告数は全国でも年間10例程度であり, 同一地域内から, 1シーズンで4例の日本脳炎が報告されることは, 極めて異例である。今回の報告事例の増加について評価するために現地で疫学調査を実施したので報告する。

方 法

2005~2015年までに, 対馬市内の入院施設のある医療機関(長崎県対馬病院:2015年5月17日の再編統合以前は, 長崎県対馬いづはら病院, 長崎県中対馬病院, および, 長崎県上対馬病院)において脳脊髄液検査を行った症例について, 診療録から日本脳炎であった可能性のある症例について後方視的に検討した。なお, 対馬市における脳脊髄液検査はほぼすべてこれらの医療機関で実施されている。

調査対象期間に脳脊髄液検査が行われた症例のうち, 検査結果が細菌感染など日本脳炎を明確に除外できる症例や, がん治療目的など明らかに他の中枢神経疾患や理由が原因で検査が行われた症例(細胞数>1,000cells/3μL, 蛋白>100mg/dL, CEA>5.0ng/mL), ならびに媒介蚊の非活動期(1~3月)に検査を実施した症例を除外した。残った症例の診療録から詳細な情報収集を行い, 症例定義に合致する日本脳炎の疑い症例を抽出し, これを記述した。

症例定義は, 疑い例を38℃以上の発熱と少なくとも以下の1つ以上の症状(意識障害, 精神症状, 強い頭痛, 髄膜刺激症状, 神経学的局所症状, 初発の痙攣, 泉門の膨隆)を呈し, 他の原因微生物・疾患に合致しないものとした。可能性例は, 疑い例の基準を満たし, 少なくとも以下の1つ以上の症状・所見(錐体外路症状, 頭部MRIで基底核や視床に異常信号)を呈するものとした。

結 果

診療録調査は, 2016年10月に実施した。2005~2015年までに脳脊髄液検査を行った症例のうち, 明らかに他の中枢神経疾患が疑われる症例と媒介蚊の非活動期の症例を除外し, さらにそのうち診療録の確認が可能であった156例(対馬病院94例, 上対馬病院62例)について診療録から情報収集を行った結果, 疑い例16例(67%), 可能性例8例(33%)を認めた ()。

基本属性:疑い例および可能性例計24の内訳は, 女性が14例(58%), 年齢中央値は73.5歳(範囲:0-86歳)。症例の居住地は対馬市全体に分布しており, 町ごとの発症率は人口10万人年対, 上対馬町10.4, 上県町9.2, 峰町4.8, 豊玉町8.7, 美津島町6.5, 厳原町6.0であった(1例は居住地不明のため除外)。

臨床症状・頭部MRI検査について:発熱(平均38.7℃)以外に, 中枢神経症状が多く認められた。中枢神経症状では, 意識障害が11例(46%)認められた。一般所見として, 顕微鏡的血尿が7例(29%), 低ナトリウム血症が5例(21%)に認められた。また, 中には日本脳炎に特徴的である錐体外路症状を呈した症例もあった。頭部MRI検査については, 10例 (42%) で実施されていた。そのうち, 視床に病変を認めた症例が2例, 基底核に病変を認めた症例が1例あった。

入院後の転帰:全例入院歴があり, 入院期間は, 中央値は10.5日(範囲:1-106日), 転帰は, 自宅退院12例(50%), 転院4例(17%), 施設入所3例(13%), 死亡退院3例(13%), 転帰不明2例(8%)であった。日常生活動作(ADL: activities of daily living)についての評価は, 入院前は, 21例(88%)が自立, 3例(13%)がADL不明であったが, 退院時には, 7例(29%)に何らかの神経障害が残存, 3例(13%)が死亡, 2例(8%)がADL不明となっていた。

考 察

疑い例, 可能性例の保存検体はなく, 日本脳炎に対する追加検査を実施することは不可能であったが, 診療録による過去の症例に対する調査より, 過去に一定数の日本脳炎が否定できない症例が対馬市で存在していたことが示された。これをベースラインと考えると, 2016年の4例の報告は大きく逸脱したものではないと考えられた。今後症例が発生する可能性については, 原因不明の急性脳炎症例に対して日本脳炎を鑑別に挙げ検査を実施する, 対馬市における血清疫学調査を実施するなどして詳しく検討する必要がある。

謝 辞:本調査にご協力を賜りました医療機関(長崎県病院企業団 長崎県対馬病院, 長崎県病院企業団長崎県上対馬病院)の関係者の皆様に心より感謝を申し上げます。

 

長崎県対馬市健康づくり推進部健康増進課
 井田清惠 川本実奈
長崎県対馬保健所
 西畑伸二 村木伸幸 赤羽浅江 﨑村芳子
長崎県環境保健研究センター 
 吉川 亮* 松本文昭 三浦佳奈 山下綾香(*現所属は長崎県諫早食肉衛生検査所)
長崎県医療政策課 感染症・がん対策班 
 竹野大志
国立感染症研究所感染症疫学センター
 新井 智 神谷 元 松井佑亮** 新橋玲子**(**非常勤研究員)

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