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日本における薬剤耐性HIVの動向Update

(IASR Vol. 38 p.181-182: 2017年9月号)

HIVの治療は多剤併用療法が確立され20年が経過したが, 確立された当初と比べ薬剤の選択肢が広がり, 薬剤の質も改善され, その進歩は目覚ましい。特に「服薬回数の減少(once-daily single tablet regimen)」, 「耐性を獲得しにくい(high genetic barrier)」, 「副作用の軽減」といった質的改善により, 長期治療に適した新規抗HIV薬が開発された。ヨーロッパとアメリカで行われた大規模コホート研究によれば, 1996~1999年に治療開始した群と2008~2010年の群を比較したところ, HIV感染者における平均寿命は女性で9年, 男性で11年改善され, 一般の方と平均寿命は変わらないと報告された1)。これには, 先に述べた新規抗HIV薬の登場が大きく貢献している。現在のHIVガイドラインでは, 質の高い抗HIV薬がキードラッグとして推奨され, 薬剤耐性ウイルス(acquired drug resistance)による難治症例は少なくなっている。

一方新規HIV感染者において, 薬剤耐性ウイルス(伝播性薬剤耐性ウイルス, transmitted drug resistance)に感染している症例が見出されている。治療により耐性ウイルスを獲得した人から, 2次感染(伝播)したためである。本邦ではこの伝播性薬剤耐性ウイルスの動向調査を2003年から開始し, 現在までにその解析総数は8,032例(捕捉率40.8%)となっている2)

2003年から2010年にかけて, 伝播性薬剤耐性ウイルスに感染した新規HIV感染者の頻度は明確に増加傾向(5.8%から11.7%)を示してきた()。しかし2010年以降この増加傾向は止まり, その後8~9%の間を推移している。増加傾向に歯止めがかかったのは, 新規抗HIV薬の登場が大きく関わっていると考えられる。また世界的に伝播性薬剤耐性変異ウイルスの頻度は, 高所得国で7.8%, 低・中所得国で12.6%(いずれも同性間性交渉による感染)であり3), 日本での頻度は高所得国とほぼ変わらない傾向であった。

作用機序別では, 核酸系逆転写酵素阻害剤に対する変異が最も多く検出され, 3.7~6.4%の間を推移している。これは国内で最も古くから使用されていること, またバックボーン薬剤として臨床での使用頻度が高いためと考えられる。非核酸系逆転写酵素阻害剤は0.4~2.6%と低い傾向である。またプロテアーゼ阻害剤は, 2003年から2009年にかけて増加傾向〔1.4%(2003年)から4.5%(2010年)〕であったが, その後3%前後を推移している。2009年インテグラーゼ阻害剤の使用が国内で承認され, 2012年以降耐性ウイルスの動向調査を開始している。過去5年間に, インテグラーゼ阻害剤に対する耐性変異が3例検出されているものの, 増加傾向は認められない。

個別の耐性変異では, T215X〔逆転写酵素阻害剤耐性変異, 累積282例(3.6%)〕, M46I/L〔プロテアーゼ阻害剤耐性変異, 累積163例(2.1%)〕, そしてK103N〔非核酸系逆転写酵素阻害剤, 累積57例(0.7%)〕が毎年のように観察されている。つまり, 国内でこれらの変異を保有するウイルスがすでに耐性株の一つとして定着したことを裏付けている。また過去4年間, M184Vが検出された症例(8例)において, B型肝炎ウイルス(HBV)に対する治療薬であるラミブジンやエンテカビルが先行して導入されていた。いずれもウイルスの逆転写酵素を標的とした薬剤で, HBVだけでなくHIVにも影響を及ぼす。HIV感染を知らずに, HBV治療が先行したことで, HIVのM184V獲得を促した可能性がある。そのため, HIV/HBV重複感染症例におけるM184Vの出現動向について注意深く調査するとともに, 肝炎の治療にあたり, HIV感染の有無を事前に知っておく必要がある。

伝播性薬剤耐性HIVに感染している症例に対し, その情報を考慮せずに抗HIV薬を選択し, その薬剤に耐性であった場合, 十分な抗ウイルス効果は得られず, 治療失敗を招くことがある。そのため抗HIV治療ガイドラインでは「急性HIV感染症」, 「HIV療法開始時」に薬剤耐性検査を行い, 最適な薬剤選択をすることが推奨されている。今でも低・中所得国では耐性を獲得しやすい抗HIV薬(low genetic barrier)が第一選択薬剤として使用されており, 薬剤耐性ウイルスが高頻度で報告されている。海外旅行者の増加や国際交流の発展に伴い, 低・中所得国から国内への伝播性薬剤耐性ウイルスの持ち込みに注意を払い, その耐性ウイルスの蔓延を防ぐ必要がある。

本研究は日本医療研究開発機構 エイズ対策実用化研究事業「国内流行HIV及びその薬剤耐性株の長期的動向把握に関する研究(代表者:吉村和久)」により行われた。

 

参考文献
  1. Antiretroviral Therapy Cohort C, Lancet HIV 4: e349-e356, 2017
  2. Hattori J, et al., J Acquir Immune Defic Syndr 71: 367-373, 2016
  3. Pham QD, et al., AIDS 28: 2751-2762, 2014

 

独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター
 臨床研究センター, 生体情報解析室 蜂谷敦子

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