国立感染症研究所

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長期にわたる受診の遅れがあり結核死亡した若年者からの結核集団感染

(IASR Vol. 38 p242-244: 2017年12月号)

1. 緒 言

肺結核患者の受診の遅れは発見の遅れにつながり, 感染の拡大や二次患者(接触者からの結核発病)の発生と深い関連があるため, 受診の遅れへの対策は結核蔓延防止のために重要である。

大阪市で結核患者が発生した場合, 家族や友人以外の接触者については, 原則として毎週1回開催される大阪市保健所の接触者健診検討会において健診の必要性を判断している。その判断材料として, 初発患者の感染性 (排菌量・胸部X線・咳の有無など)・感染性期間と接触時間・環境(空間の広さ・換気回数)などの感染リスクを評価し, 健診の要否や, 健診の範囲・内容を決定する。このうち感染性期間の推定には, 初発患者の重症度や症状出現時期・検査結果・接触者の状況などから推測するが, 正確に評価することが困難な事例が存在する。

今回, 2年以上の受診の遅れにより20代で結核死亡した患者から集団感染に至り, 長期間にわたる感染性期間の推測にVNTR(variable-number of tandem-repeats)型別1)が有用であった事例を経験したので報告する。

2. 事例の経過

(1)初発患者の概要

初発患者は20代男性, 独居であった。X-5年よりA飲食店に勤務していた。正規雇用者には定期健診があったが, 非正規雇用のため定期健診対象外であった。結核既往歴はなく, 家族歴もなかった。

X-2年に咳嗽が出現し, 同年12月には, A飲食店を利用した客から「咳をしている店員がいる」との苦情が寄せられるほど咳嗽が悪化していた。X-1年5月にるい痩が目立つようになり, X-1年9月より全身倦怠感を認めていた。その頃より周囲から医療機関受診を勧められていたが受診することはなく, X-1年12月に飲食店を退職した。X年2月に激しい咳嗽と呼吸困難が出現し, 医療機関に救急搬送され入院となった。肺結核 (日本結核病学会病型分類2)bI3(肺野に広汎空洞あり), 喀痰塗抹3+, 培養陽性, イムノクロマトグラフィー法により結核菌群と同定, 薬剤感受性は全剤耐性なし)と診断され抗結核薬が開始されたが, 入院から13日後に死亡した。

(2)接触者健診実施の検討

a. A飲食店(初発患者の勤務先)の状況

広さ:床面積約100~200m2

b. 職場での接触者

非正規雇用者が多く, 交代勤務で接触者が多数認められたが詳細な接触状況は不明であり, それは過去にさかのぼるほど顕著であった。

c. 接触者健診 (表1

1回目の検討において, 最も感染リスクが高いグループA(初発患者が結核と診断される3カ月前までの接触者のうち接触時間が30時間以上の8名)を接触者健診の対象とした。健診の結果, 1名が結核を発病, クォンティフェロンTB-2G(以下QFT)を実施した6名のうち2名が陽性, 1名が判定保留であったことより, 接触者健診計画の見直しを行った。

2回目の検討では, グループBとして初発患者の診断3カ月以内の接触者のうち, 接触時間が30時間未満の7名を対象とした。さらに, グループCとして初発患者と1年以内に接触時間が8時間以上であった接触者42名を対象とした。この2グループにQFTと胸部X線を実施した。この接触者健診実施中に, 初発患者との最終接触がX-2年5月(初発患者の結核診断の21カ月前)である接触者の発病(表2患者No.1)が明らかになった。

3回目の検討で, 上記の情報を確認したため感染性期間を2年とした。接触者健診として, 1年以内の接触がなく2年以内の接触があった者17名をグループDとし, 胸部X線を実施した。

(3)接触者健診の結果表1

最終的な接触者健診の対象者は74名でQFTを実施したのは39名(うち陽性9名, 判定保留9名)であった。判定保留を陽性扱いとしたため, 潜在性結核感染症は18名となった。一方, 二次患者は8名であったが, このうち2名は当初, 接触者健診の対象外であった。

(4)二次患者の状況表2

二次患者は合計8名(男5名, 女3名)で年齢は20~30代であった。また, 抗酸菌培養陽性4例のVNTRが初発患者と全員一致し, 最も以前の一致例は初発患者の結核診断の21カ月前(患者No.1)であった。このことより感染性期間は2年以上の長期間に及ぶことが明らかとなった。

3. 考 察

日本では結核死亡は高齢者に偏っており, 若年者の死亡は稀である。2014~2016年の本邦における結核死亡数は5,948名であり, このうち20代は1名(0.02%)であった。同期間, 政令指定都市の中で最も罹患率の高い大阪市での結核死亡は327名であったが, 20代は0であった3)。今回の事例では受診の遅れが約2年と長かったが, 塗抹陽性肺結核に対するアンケート調査4)では, 受診の遅れのある群は, ない群に比べて胸部X線や喀痰塗抹において有意に重症発見されるとの報告がみられた。したがって, 発見の遅れを防ぐことが結核死亡に至らないために重要である。

また, 今回の事例は全身状態が悪かったため, 受診の遅れの理由は不明であった。われわれは, 受診の遅れのあった患者で, 受療行動に至った理由として一番多かったのが 「家族や友人から受診を勧められた」 からであったと報告した4)。今回の事例は単身であったことが受診の遅れの原因の一つと考えられた。さらに定期健診がなかったことも著明な発見の遅れにつながった可能性がある。

二次感染や二次患者の発生に関与する初発患者の要因についての報告は多数みられた。井上ら5)は集団感染109事例の初発患者に有意に多かったのは塗抹陽性, 空洞型, 10~39歳, 男性と報告していた。われわれも発見の遅れと二次患者の発生とに有意な関連があったと報告した6)。今回の事例は, 日本結核病学会分類bI3, 喀痰塗抹3+, 受診の遅れが約2年で, この間咳嗽が認められたことより, 感染性が極めて高かったと推察される。様々な感染リスクは, 受診の遅れなど発見の遅れとともに高まることが多いため, 発見の遅れを減らすことが重要と考えられた。

接触者のうち, X-2年5月の発病者(No.1)のJATA(12)-VNTRが初発患者と一致したことと, 患者周囲からの聞き取り情報をあわせて, 感染性期間は少なくとも2年間あることが推測された。感染性期間の推定にVNTR型別が有用であったと考えられた。結核の特定感染症予防指針7)においても, 接触者健診において分子疫学的手法を活用する必要性が明記されており, より精度の高い接触者健診を実施するためにVNTR型別を積極的に活用することが重要であると考えられた。

 

参考文献
  1. 前田伸司ら, 結核 83: 673-678, 2008
  2. 栂 博久ら, 学会分類(日本結核病学会病型分類), 日本結核病学会用語委員会編, 新しい結核用語辞典 118, 東京: 南江堂, 2008
  3. 結核研究所疫学情報センター, 「結核の統計」年報(2017年10月24日アクセス)
    http://www.jata.or.jp/rit/ekigaku/toukei/nenpou/
  4. 松本健二ら, 結核 84: 523-529, 2009
  5. 井上武夫, 結核 83: 465-469, 2008
  6. 松本健二ら, 結核 87: 35-40, 2012
  7. 厚生労働省健康局長, 三 法第十七条の規定に基づく結核に係る健康診断, 結核の特定感染症予防指針 3-4, 東京, 2016

 

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