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飛行機内での感染と考えられた髄膜炎菌感染事例, 2015年―大阪市

(IASR Vol. 39 p4-5: 2018年1月号)

2015年7月28日~8月8日, 山口県山口市阿知須・きらら浜で開催された第23回世界スカウトジャンボリー(WSJ2015)大会に関連し, 参加したスコットランドとスウェーデン隊スカウトにおいて侵襲性髄膜炎菌感染症のアウトブレイクが発生した(IASR 36: 178-179, 2015)。国立感染症研究所(感染研)感染症疫学センターは, WSJ2015の期間中および開催後に感染症発生動向調査(NESID)において報告のあった侵襲性髄膜炎菌感染症について, WSJ2015との関連について自治体等に問い合わせを行ってきたが, 関連のある症例の報告は確認できなかった。同年10月1日, 大阪市内の医療機関より侵襲性髄膜炎菌感染症の発生届が大阪市保健所に提出されたが, 関節液からの菌株分離事例であり, 当時の侵襲性髄膜炎菌感染症の届出基準で定める検査材料(血液もしくは髄液)からの髄膜炎菌分離症例ではなかったため発生届は医師了承のもと取り下げとなった。しかし, 医師から患者はWSJ2015の参加を終え帰国する外国人スカウトと同一の航空機の搭乗歴があったとの情報もあり, 大阪市保健所は患者とWSJ2015事例の関連について確認するため, 大阪市立環境科学研究所を通して, 感染研細菌第一部に対し菌株の解析を依頼した。患者は大阪市内在住の女性であり, 患者の夫の咽頭スワブからも同様に髄膜炎菌が分離されたため, 菌株の解析はこの夫妻由来2株について実施された。

同年10月19日, 検査依頼のあった髄膜炎菌2株が, WSJ2015におけるアウトブレイク由来株と同じ血清群W, multilocus sequence typing(MLST)によるse-quence type(ST)11と確認され, 夫妻の感染源・感染経路を中心に事例の概要を明らかにするため, 感染研実地疫学専門家養成コース(FETP)と大阪市保健所による調査が実施された。調査から, 夫妻はドイツ・スペイン旅行のため8月8日に関西国際空港発・フランクフルト空港行きの便に搭乗し, 同機には帰国途中に侵襲性髄膜炎菌感染症を発症したスカウトを含むスコットランド隊が同乗していたことが明らかとなった。機内では夫妻の前3列と, 通路を挟み夫妻と同列の左側がスコットランド隊一団の座席であった。夫妻は, 旅行先のスペインで咽頭痛や発熱などの症状が出現したものの, 旅行中に抗菌薬の内服や, 医療機関での治療は受けず安静により症状は軽減し, 8月中旬に帰国した。しかし9月19日, 妻である女性に突然の高熱とインフルエンザ様症状が出現し, 女性はその後右膝関節炎を発症した。女性は複数の医療機関を受診し, 関節穿刺や抗菌薬の処方を受け, 9月下旬に大阪市内の医療機関に入院した。前医で実施された関節液の培養で髄膜炎菌が検出され, この女性の関節炎は髄膜炎菌によるものと診断された。入院医療機関においても血液や関節液等の培養検査が実施されたが, 抗菌薬の服薬もあり髄膜炎菌は分離されなかった。女性は10月下旬に後遺症なく退院した。

この女性の濃厚接触者とされたのは夫のみであった。夫に対しては抗菌薬による予防内服が実施された(咽頭スワブの培養検査を同時に実施)。また女性が受診した医療機関のスタッフにおいては自主的な予防内服が実施された。一方, 英国の侵襲性髄膜炎菌感染症のガイドラインでは, 夫妻は濃厚接触者とみなされず, 予防内服の対象者にはならなかった。一般的に航空機内での濃厚接触者はフライト時間と発症者の座席との位置関係から決定され, 濃厚接触者には予防内服が推奨される。しかし, 濃厚接触者と分類されるそのフライト時間や発症者との距離範囲については各国によって定義が異なり, また英国ではフライト時間と発症者の座席との位置関係だけでなく, 発症者本人との接触強度(家族や家族同様の関係であるか)が予防内服を推奨するかどうか判断する情報となっている。現在, 各国の航空機内における髄膜炎菌患者発生時の予防内服推奨者の範囲は様々であり, 日本同様にガイドラインを作成していない国も多い。機内での曝露とそれによる発症リスクの考え方と予防内服推奨者の設定については, 国際間で一定の標準化がなされたガイドラインの構築が望まれる。

本事例の調査は診察した医師ならびに大阪市保健所が, 届出基準を満たさないものの, 公衆衛生的に対応が必要となる重要性の高い髄膜炎菌感染症事例の発生との判断を行ったことが契機となった。本事例後, 2016年11月には侵襲性髄膜炎菌感染症の届出基準が変更され, 血液と髄液のみならず, その他の無菌部位についても検査材料として含まれることとなった。このように, 侵襲性髄膜炎菌感染症の予防, 発生時の早期探知と感染拡大防止には医療機関・自治体・国が緊密な連携を行っていく必要がある。このような強みが, 特にWSJ2015のようなマスギャザリング時における侵襲性髄膜炎菌感染症の対応においても生かされることが期待される。

謝辞:本調査ならびに本稿作成に多大なご協力をいただいた以下の皆様に深謝します。

小向 潤, 津田侑子, 廣川秀徹, 半羽宏之, 吉田英樹(以上大阪市保健所), 中村寛海(大阪健康安全基盤研究所:調査当時は大阪市立環境科学研究所)

 

 
引用文献

国立感染症研究所
 実地疫学専門家養成コース(FETP) 蜂巣友嗣 金井瑞恵
 感染症疫学センター 神谷 元 砂川富正 松井珠乃 大石和徳
 細菌第一部 高橋英之 大西 真

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan