国立感染症研究所

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らい菌の感染, 潜伏とハンセン病の発症までの背景

(IASR Vol. 39 p17: 2018年2月号)

ハンセン病は, らい菌の初感染後に年余の潜伏期を経て発症すると考えられているが, 実際の患者における感染の時期, 感染部位, 菌の潜伏場所, あるいは不顕性感染の有無を証明する手段や検査法が存在しないために, それらを特定することは困難である。また, 感染経路についても証明されていない。

らい菌は, 数ある細菌の中でも最も典型的な偏性細胞内寄生菌であり, ほとんどの場合, 菌体は真皮の組織球や末梢神経のシュワン細胞内の豊富な脂肪滴に限局して観察される。これは, らい菌のゲノムサイズが結核菌より4分の1ほど小さく, 加えてゲノム中に遺伝子が占める割合が結核菌では約90%であるのに対してらい菌は50%程度しかなく, 残りは偽遺伝子と非翻訳領域で占められていることに関係すると考えられる。すなわち, らい菌は独自の遺伝子だけでは生存が困難であり, 菌の細胞壁合成に必須の脂質代謝をはじめとする種々の代謝機構を宿主細胞内に寄生することで利用しており, このことがまた, 菌の増殖速度が極めて遅く, 通常の各種培地を用いた培養もできないことなどの理由でもあると考えられる。しかしながら, この宿主細胞内という免疫学的に隠蔽された微小環境中での緩慢な増殖と生存が, 免疫監視機構から逃れて長期間の潜伏を可能とすることにもつながると考えられる。また, そのようにして静かに増殖した菌体の成分がひとたび免疫系に認識された際に, らい反応という極めて強い免疫反応を惹起することになるのであろうことは, 他の隠蔽抗原に対する免疫反応の例からも想像される。

ハンセン病の発症は真皮の肉芽腫性病変として認められ, 多菌型ではそれに一致して多くの菌体が証明されるが, 二次感染や末梢神経障害による外傷を除いて病変部に潰瘍を形成することや表皮から菌体が排出されることは無いことから, 皮膚病変が主たる感染源となるとは考え難い。一方で, 患者の鼻咽頭粘膜からは通常多くの菌体が証明されることから, これらの飛沫の吸引による経気道感染の可能性が最も考えられる。また, らい菌の感染力は極めて弱く, 健常成人に初感染が成立することはほとんど無いと考えられている。したがって, 感染は主に乳幼児期に起こり, 多菌型患者との濃厚な接触による飛沫感染によるものである可能性が高い。培養マクロファージにらい菌を加えると菌は速やかに貪食されファゴソーム内に移行して, そこに脂質を蓄積しながら寄生することから, 感染した菌も局所で同様の転帰をたどり, これによって好中球による貪食からも免れているのではないかと考えられる。

発症年齢は様々であるが, 開発途上国や数10年前の日本では若年者の発症も多かったが, 近年の日本を初めとする非蔓延国における散発例では年齢が高い傾向にあることから, 栄養状態, 免疫能, あるいはストレスなどの全身状態の変化によって, 乳幼児期に感染し体内のどこかで休眠状態の菌が再活性化するのではないかと想定するのは, 結核菌の内因性発症やヘルペスウイルスの回帰感染の例から, それほど的外れではないと思われる。このことはまた, 感染が成立しても一度も発症することなく天寿を全うする例も存在する可能性を示している。しかしながら, 初感染後に菌が気道粘膜下などに長期間潜伏するのか, あるいは速やかに真皮上層の菌の成育に適した低体温部などに移行して潜むのかなどについては不明である。加えて, 実験的にらい菌を増菌させる際に用いられるヌードマウス足蹠での限局的発育において, 生菌としての超微形態を保っている菌は20%程度であり, 他は変性しているとの観察もあることから, 感染成立後の菌が真の意味で休眠状態にあるのか, あるいは極めて緩徐な増殖と死滅のバランスが保たれた状態にあるのかも不明である。

らい菌の感染時期と長期間の潜伏という類推を支持する唯一の証拠が, ハンセン病を自然発症したチンパンジーの解析から得られている。2歳時頃までに西アフリカのジャングルで捕獲され, 肝炎研究などに用いるために日本に輸出されたチンパンジーが, 推定30歳時に多菌型ハンセン病を発症した。ハルナという名のこのチンパンジーから得られたらい菌はヒトに感染する菌と同じ種であった。そのゲノムの一塩基多型の解析は, この菌が西アフリカに限局するタイプの菌であり, 日本をはじめとする他の地域には存在しない多型を有することを示した。すなわち, ハンセン病は乳幼児期に感染し, 実際に約30年という長い潜伏期間の後に発症することが, これによって初めて立証された。

 

参考文献
  1. Suzuki K, et al., J Clin Microbiol 48(9): 3432-3434, 2010
帝京大学医療技術学部臨床検査学科 鈴木幸一

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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