国立感染症研究所

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本州における日本人ハンセン病新規発症患者の診断

(IASR Vol. 39 p19: 2018年2月号)

はじめに

ハンセン病とサルコイドーシスはいずれも臨床的に多彩であるが, 病理組織学的に類似し, また近年ハンセン病が非常に珍しくなっているのに対してサルコイドーシスは増加している。当初サルコイドーシスと診断され, 精査の結果ハンセン病だった症例を経験したので紹介する。

自験例の診断過程

患者は大阪府出身の70代日本人男性。父は熊本県, 母は鹿児島県種子島出身。65歳時に四肢の異常感覚が出現し, 頚椎症として診断加療されていたが, 67歳頃から歩行困難となった。70歳時に顔面と四肢に環状・不整形の浸潤性紅斑が出現し, 73歳時に皮膚生検を受けた。非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を認めたが, Ziehl-Neelsen(Z-N)染色やPCR検査にて抗酸菌を認めず, 霧視などの眼症状と血清ACE軽度高値もあり, サルコイドーシスと診断された。プレドニゾロン(PSL)内服によって加療されたが, 74歳時に上肢の筋力低下と下肢の異常感覚が悪化したため当院神経内科に入院した。多発単神経炎を主体とする多彩な神経所見が認められたが, 眼科, 呼吸器科, 循環器科的にはサルコイドーシスを支持する所見に乏しく, さらなる精査のために当院皮膚科紹介受診となった。

当科初診時, 顔面と四肢に浸潤を伴う軽度隆起した環状・不整形の紅斑, 右眼輪筋麻痺, 顔面・四肢の触覚痛覚鈍麻, 左下肢の筋力低下を認めた。また, 大耳介神経支配領域の耳周囲の知覚低下, 尺骨神経麻痺による猿手, 腓骨神経麻痺による下垂足も見られた。血清ACE値は33.6 U/Lと軽度上昇していた。神経症状と皮膚症状よりハンセン病を疑い, 病変部の皮膚スメア検査と生検組織のFite染色を行ったところ, 多数の抗酸菌を認めたため, 臨床像と病理組織所見を合わせ, 多菌型(BL)ハンセン病と診断した。国立感染症研究所ハンセン病研究センターでの行政検査による, 病変部皮膚組織からのPCR検査にてMycobacterium lepraeが同定され, ハンセン病と確定した。

自験例の問題点・考察

当科受診までは, ハンセン病を診断するにあたって必要な皮膚スメア検査やM. leprae特異的PCR検査を行っていなかったことに加え, サルコイドーシスを示唆する病理所見と血清ACE値の上昇が見られたため, 臨床的に典型的ではないもののサルコイドーシスとの診断に至ったと思われる。サルコイドーシスの臨床症状は多彩であり, 環状紅斑を局面型, 神経症状を末梢神経サルコイドーシスと考えれば, 臨床的にハンセン病と鑑別できない。また血清ACE値の上昇も, サルコイドーシスの60%でみられるのに対し, ハンセン病でも30~40%でみられると報告されており, 血清ACE高値であってもハンセン病の可能性はある。さらに, ハンセン病において特に少菌型ではZ-N染色が陰性のことがあり, 初回の皮膚生検時はZ-N染色陰性ながら, 後に陽性を示した症例の報告もある。Z-N染色は染色性が悪く偽陰性を呈する場合があり, 自験例においても, 前医ではZ-N染色のみ施行され, その改良法であるFite染色が行われなかったことが, ハンセン病と診断できなかった理由の一つと考えられる。サルコイドーシスはあくまで除外診断であり, ハンセン病を疑った場合は, 病理検査(抗酸菌染色を含む)や皮膚スメア検査, M. leprae特異的PCR検査などにより, その鑑別を徹底する必要がある。

結 語

自験例の診断により, 戦後70年になっても日本人のハンセン病症例が本州の身近に存在しうることを再認識した。本邦医師は皆, ハンセン病を稀ながら自ら診察する可能性がある現代の疾患として認識し, その歴史のみならず, 実際の診断・治療について継続的に学習する必要がある。

 

参考文献
  1. 西口麻奈ら, 日皮会誌 126: 2433-2439, 2016
  2. Nishiguchi M, et al., J Dermatolog Clin Res 4: 1087, 2016

和歌山県立医科大学皮膚科 西口麻奈 金澤伸雄
国立感染症研究所ハンセン病研究センター 石井則久

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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