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WHO西太平洋地域におけるハンセン病

(IASR Vol. 39 p20-22: 2018年2月号)

世界と西太平洋地域におけるハンセン病

1991年のハンセン病制圧に関する世界保健機関(WHO)総会決議以来, 世界のハンセン病対策はめざましい成果を挙げた。各国政府によるコミットメントと対策の強化, 日本財団や笹川記念保健協力財団をはじめとする国際パートナーによる協力により, 公衆衛生問題としてのハンセン病の制圧(有病率人口10万対1以下と定義された)は2000年に達成された。これまでに1,600万人以上の患者が多剤併用療法(multidrug therapy: MDT)により救われている1)

しかしながら未だ毎年20万人以上の新規患者が報告されており, ここ数年減少の兆しは見えていない。疫学的にハンセン病は地域集積性が高いことが知られているが, 国レベルでみるとインド, ブラジル, インドネシアの3カ国が世界の新規患者の約83%を占めており, さらにWHOが定義する13の高負担国が95%の新規患者を報告している2)。同様に多くの国で, 国全体の患者数は大幅に減少しているものの, 一部の地域にのみ患者が集積する傾向がみられ, 政治的なコミットメントの低下や社会におけるハンセン病認知の低下を招き, 対策を難しくしている。

西太平洋地域はWHOの6つの地域の中でもハンセン病の疾病負担は低く, 毎年1,000人以上の新規患者を報告しているのはフィリピンのみとなっている。しかしながら大洋州の島嶼国の中に, 人口10万当たりの新規患者発生率が非常に高い国があり(), 特殊な疫学状況をうかがわせている。特に発見率が高いミクロネシア連邦, マーシャル諸島, キリバスは, WHOの制圧指標と比してもおよそ10~20倍の高い発見率を示す一方で, 子供の罹患が多く, 障害の進展が比較的軽い等の疫学的な特徴を呈する。

西太平洋地域におけるハンセン病対策の課題

こうした西太平洋地域の状況を鑑みるとき, ハンセン病対策上の課題は次のように整理できる。

1.質の高い診断治療サービスの維持

国レベルにおけるハンセン病の疾病負担が減少した国や地域においては, 質の高い診断治療サービスを提供するための保健システムのキャパシティの維持が大きな課題である。特に国家ハンセン病対策プログラムが他の疾病対策プログラムと統合されたり, 人的・資金的なリソースが減少していくなかで, ハンセン病の診断治療サービスを末端のプライマリーケアレベルまできちんと維持することは容易ではない。この課題について皮膚科医療ネットワークとの有機的な連携の確保, 携帯電話を利用した遠隔診療など様々な形で各国が取り組んでいる。一方で, 先に述べた疾病負担が特に高い大洋州の島嶼国などにおいては, 引き続きハンセン病に特化した人的資金的な資源を投入し, 対策の強化を続けることが必要である。

2.公衆衛生機能の維持

診断治療といった臨床的なサービスのみでなく, サーベイランス, 接触者検診, 薬剤供給, 健康教育やアドボカシーなどのハンセン病対策における公衆衛生機能の維持も大きな課題である。特に国家ハンセン病プログラムが他の疾病プログラムと統合されているような場合にも, ハンセン病対策に必要なこれらの機能が維持されるように責任とリソースを維持することが重要である。

3.イノベーションの推進と迅速な応用

MDTの導入以降, 数十年にわたってハンセン病対策における画期的なイノベーションはほとんど起きていない。血清診断, ワクチン, 治療薬などの研究は存在するものの, 対策ツールとして有用なものは未だに開発されていない。唯一予防内服による発病の予防については, エビデンスが確立しつつあり3), フィールドにおける実証プロジェクトも始まっている。さらなるイノベーションの促進とフィールドと連携した導入の後押しが必要である。

4.回復者の社会保護と権利擁護

疫学的な制圧が達成されても, 社会におけるハンセン病問題が終焉したとはいえない。MDTによるハンセン病の治療が終了しても, 社会におけるスティグマと差別は根強く, 回復者の社会的復帰の妨げとなっている。また多くの開発途上国において, ハンセン病により遺された障害に対するリハビリテーションや社会保障制度は十分ではなく, 回復者が障害を引き続き悪化させたり貧困から抜け出せないことも多い。世界においてほとんどの国が疫学的制圧を達成したとされているが, ハンセン病患者が医学的のみならず社会的にも真に回復できる社会を実現している国は極めて少ない。国連の持続可能な開発目標(SDGs)のもと, 各国が貧困の撲滅, 社会保障制度の整備, 公正な労働政策等の動きを加速する中で, ハンセン病の回復者がその十分な恩恵を受け, 社会的回復を実現できるような社会を目指すこともハンセン病対策の次のステップとして重要である。

 

文献
  1. World Health Organization, Global Leprosy Strategy 2016-2020, WHO, South-East Asia Regional Office
  2. Global leprosy update, 2016: accelerating reduction of disease burden, Wkly Epidemiol Rec 92(35): 501-519, 2017
  3. Smith WCS, Aerts A, Lepr Rev 85: 2-17, 2014

世界保健機関(WHO)グローバル結核プログラム 錦織信幸
(前WHO西太平洋地域結核ハンセン病アドバイザー)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan