国立感染症研究所

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風しん排除に向けた東京都の取り組み
―「職場で始める!感染症対応力向上プロジェクト」の実施状況について―

(IASR Vol. 39 p41-42: 2018年3月号)

はじめに

2012~2013年にかけて, 全国的に大規模な風しんの流行があり, 東京でも多くの風しん患者が報告された1,2)。都内では, 16例の先天性風しん症候群の児が報告され, この流行の及ぼした影響は甚大であった。また, この時の流行では, 職場での感染がもっとも多く, 20代~40代の働く世代の男性を中心に発症者が相次いだ3)。これを契機として, 風しんは小児の病気であるという認識が改められ, 働く世代への介入が課題として捉えられた。東京都では, 2015年10月に企業の感染症対策を支援する新たな事業「職場で始める!感染症対応力向上プロジェクト」(以下「プロジェクト」 という)を立ち上げ, この中で企業での風しん予防対策を進めるための取り組みを開始した4)。今回, 本プロジェクトの実施状況について報告する。

方 法

(1) 実施体制

本プロジェクトは, 東京都が, 東京商工会議所および東京都医師会と連携し, 企業の感染症対策を支援する取り組みである。連携体制の中で3者が各々の役割を担い, 東京商工会議所は, 企業への事業周知, 支援等, 東京都医師会は, 予防接種等協力医療機関の確保等, 東京都は, コースの設定や教材作成, 参加企業の公表等を実施している。

(2) 対 象

プロジェクトの対象は, 都内に所在する企業等であり, 2016年10月より部署単位での申し込みも可能とした。企業の費用負担はなく無料で参加でき, 参加は通年随時受け付けている。広く参加企業を募るため, 東京都のホームページへの募集案内の掲載, 企業への同報ファックスの他, 企業の人事, 労務, 衛生管理担当者向けに毎年10月~12月にかけて都内各所で計5回の説明会を開催している。さらに, 各企業の産業医や地域産業保健センターを通じた企業への働きかけも行っている。

(3) コース設定

プロジェクトでは感染症の基礎知識の習得や職場での風しん予防など, 実践すべき取り組みとして3つのコースを設定しており, 企業の実情に合わせてコースを選択できる。コースは同時に複数選択することも可能である。各コースとも, 支援ツールの提供等により実施企業をサポートしている。

a)コースI「感染症理解のための従業者研修」

感染症の基礎知識ドリル(研修教材)を提供し, 正しい知識の定着を図るもので, 2016年12月からは研修教材をeラーニングでも提供している。

b)コースII「感染症BCP(Business Continuity Plan: 業務継続計画)の作成」

職場で感染症患者が発生した場合に, 業務を円滑に継続するための対処策を作成するもので, 感染症BCPのひな形と作成ガイドを提供している。

c)コースIII「風しん予防対策の推進」

従業員の抗体(免疫)保有の確認や予防接種の推奨等を促し, 職場ぐるみで風しん予防を図るもので, 実施ガイドを提供し, 予防接種等協力医療機関を紹介している。

d)達成基準

各コースに達成基準を設けており, コースI, II, IIIの達成基準はそれぞれ,「従業員の8割以上が研修教材受講」, 「感染症BCPの作成」, 「風しん抗体保有者が従業員の9割以上」となる。

(4) 事務局

プロジェクトの事務局は東京商工会議所が担い, 説明会の実施, 参加受付, 問い合わせ対応, 教材の送付, 達成基準の確認などの一連の業務を行う。また, このプロジェクトのために配置された保健師が, 参画企業への電話や訪問を行い, コースが未達成の企業, 取り組みが進まない企業に対し助言や支援を実施している。2017年12月には, コースII未達成の企業を対象に感染症BCPの作成セミナーを開催し, BCP作成の後押しを図った。

(5) 公表

参加を申し込んだ企業は, 「協力企業」, 達成基準を満たしコースを修了した企業は「達成企業」として都のホームページで公表している。2017年12月現在, ホームページ掲載期間は協力企業の場合6カ月間(2017年7月までは3カ月間の掲載)とし, 達成企業については, 期限は設定せずに掲載している。なお, コースIIIでは, 抗体保有率9割を達成するのは容易ではないことから, 2016年10月より風しん抗体保有者が従業者の7割, 8割という到達段階に応じても企業名をホームページで公表している。

結 果

コース別年別の参加申込企業数と達成企業数の一覧をに示す。2018年1月10日時点の参加申込企業は延べ394企業, うち達成企業は延べ84企業(21%)である。コース別の達成割合は, コースIが32%, コースIIが10%, コースIIIが13%であった。2015年と2016年に参加を申し込み達成した55企業のうち, 11企業は, 保健師による電話と職場訪問により, 中断していた取り組みの再開や, 事務局への達成報告忘れの解消につながり, 達成に至った。

考 察

本プロジェクトは, 従業員の健康維持や, 企業のリスク管理の一助になるとともに企業が行う風しんの対策を後押しするものである。国は2020年度までに風しんの排除を目指しており, 本プロジェクトはそれに向かっての具体的な対策の一つになりうると考える。このため都内の多くの企業の参加を得て, 取り組みの達成を目指してもらうことが望まれる。プロジェクトを進める中で達成企業が少ないことは一つの課題である。電話と訪問による未達成企業のフォローにより, 達成件数の増加が図られたことから今後も, 継続的なフォローが達成企業の増加には有効と考えられる。

コースIで2016年12月から導入されたeラーニングは, パソコンやスマートフォンでアクセスでき, 紙媒体を使わず, 一括管理ができることから受講者側, 企業担当者側の両方にメリットがあると考えられる。eラーニングを選択する企業が増えることで, コースIの達成企業数の増加につながると考えられる。コースIIは, 達成した会社が1割である。感染症BCPの作成には社内合意や, 社内他部署との連携も欠かせず, こうしたことでBCPの策定が進まない企業も多数あると考えられることから, 今後も作成に関する説明会の開催, 訪問による作成支援に取り組んでいく必要がある。コースIIIにおいては, 参加企業自体が少なく, 風しん対策を推進する上でもこの点は改善していかなければならない。達成という点においても抗体保有率9割は大変ハードルが高い。例えば予防接種歴・罹患歴の確認だけでも迅速に簡便にできるような仕組みを考え, 企業に提供していく必要がある。

新たな参加企業の獲得に向けて, 企業への広報活動を継続して行うとともに, 今後, 達成企業の取り組み事例等の紹介や, 東京商工会議所が認定する健康経営アドバイザー*) の活用など新たな取り組みを展開し, 本プロジェクトの周知を進めていく必要がある。

*)健康経営に取り組もうとする企業に対して, 行政の施策や, 相談窓口など必要な情報提供や実践支援を行う専門家

 

参考文献
  1. Nationwide rubella epidemic in Japan, 2013, Wkly Epidemiol Rec 88(24): 251-256, 2013
  2. Sugishita Y, et al., WPSAR 4(3): 37-41, 2013 doi:10.5365/WPSAR.2013.4.2.011
  3. Sugishita Y, et al., Jpn J Infect Dis 68(2): 159-165, 2015 doi:10.7883/yoken.JJID.2014.195
  4. 西塚 至ら, IASR 37(4): 77-78, 2016

 

東京都福祉保健局健康安全部感染症対策課
 杉下由行 影野祐治 黒田有紀 安岡圭子
東京都福祉保健局 吉田道彦

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