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麻疹ウイルスの遺伝子解析による2016年における日本の麻疹排除状態の解析

(IASR Vol. 39 p60-61: 2018年4月号)

日本は2015年にWHO西太平洋地域麻疹排除認証委員会(RVC)から麻疹排除状態にあると認定を受けた。麻疹排除状態とは 「質の高いサーベイランス体制が存在する特定の地域において, 12カ月間以上にわたり麻疹ウイルスの地域性流行がない状態」 とされている(土着, 輸入にかかわらず12カ月以上にわたり特定の地域で存続しているウイルス株による感染伝播)。一方, 排除を達成した地域でも, 12カ月間以上伝播を継続した麻疹ウイルスが存在した場合, 麻疹の流行が再興したとされる1)。今後も日本が麻疹排除状態にあると認定されるには, 国内で12カ月間継続して伝播した麻疹ウイルスが存在しないことを示す必要がある。本稿では2016年において日本の麻疹排除状態が継続しているかをウイルス遺伝子の解析から検討した。

なお, 麻疹の潜伏期間や患者の感染可能期間から, 一般に発疹出現の7~21日前に麻疹患者と接触があった場合, 症例間に疫学的なリンクが存在する可能性があるとされることから2), 本稿では麻疹症例間に4週間以上の間隔がある場合には, 検出されたウイルスの遺伝子型決定領域の配列が同一だったとしてもリンクがないとした。

2016年に検出された麻疹ウイルス

2016年に報告された麻疹症例数は165症例であった(麻疹発症週による集計)。158症例は地方衛生研究所(地衛研)においてウイルス遺伝子検査が行われ, 126症例においては遺伝子型決定領域(450塩基)の塩基配列が解析され, 国立感染症研究所(感染研)に報告された。遺伝子型D8麻疹ウイルスは66症例から, 遺伝子型H1麻疹ウイルスは59症例から, 遺伝子型B3麻疹ウイルスは1症例から検出された。遺伝子配列の情報がない症例(genotype unknown; GU)は39症例あった。

2010~2016年に地衛研等で解析され, 感染研に報告された麻疹ウイルスの遺伝子配列は702配列あり, 遺伝子型D8ウイルスは塩基配列の違いから(1塩基のみの違いも含む)34種類(D8-1~D8-34), 遺伝子型H1ウイルスは15種類(H1-1~H1-15), 遺伝子型B3ウイルスは18種類(B3-1~B3-18)に分類できる。

2016年に検出された麻疹ウイルスは, 遺伝子型D8ウイルスでは10種類(D8-8, D8-17, D8-22, D8-28, D8-29, D8-30, D8-31, D8-32, D8-33, D8-34), 遺伝子型H1ウイルスは4種類(H1-4, H1-12, H1-14, H1-15), 遺伝子型B3ウイルスは1種類(B3-16)であった()。

流行曲線による解析

遺伝子型D8ウイルスのうち, D8-17を除く9種は8症例以下であり, 各々症例間に4週間以上の間隔があること, 15症例で海外渡航歴があったことから, これらのウイルスは新たな流行株となっていないと考えられた。2015年の第53週に検出されているD8-17ウイルスは, 2016年の第19週~52週の43症例から検出された。仮にGU症例がすべて遺伝子型D8-17ウイルスによるものとしても, 4週間以上のD8-17ウイルスによる症例が存在しない時期があること(第1週~17週, 第44週~47週), 12症例においてインドネシア, タイ等への渡航歴があり, 同一の配列を持つウイルスがたびたび持ち込まれたと考えられること等から, 2015年第53週に検出されたD8-17ウイルスの伝播は遮断され, 新たに持ち込まれたD8-17ウイルスが2016年第52週において検出されたと考えられた(図1)。

遺伝子型H1ウイルスは, H1-4ウイルスが第32週~37週にかけて関西国際空港を中心とした集団感染事例を起こしたが, それ以外の期間の麻疹症例からは検出されておらず, 仮にGUの症例がすべてH1-4ウイルスだとしても, 4週間以上H1-4ウイルスによる麻疹症例がない時期があること(第1週~17週, 第19週~25週, 第44週~47週)からH1-4ウイルスも12カ月以上継続して伝播していないと考えられた。H1-12, H1-14, H1-15各ウイルスは症例数が少ないこと, 3症例に海外渡航歴があることから, また, 遺伝子型B3ウイルス (B3-16) も1症例のみからの検出であることから, 新たな流行ウイルスになっていないと考えられた(図2)。

これらの麻疹ウイルス遺伝子解析データを含む国内麻疹排除認証委員会(NVC)資料は, 2017年9月に開催されたRVCにおいて評価され, 日本は2016年も引き続いて麻疹排除状態にあると認定された3)

謝辞:麻疹ウイルス遺伝子配列を解析し, ご報告いただいた地方衛生研究所のご担当者様に感謝いたします。

 

参考文献
  1. WHO WPRO, Guidelines on verification of measles elimination in the Western Pacific Region, 2013
    http://www.wpro.who.int/immunization/documents/measles_elimination_verification_guidelines_2013/en/
  2. WHO WPRO, Measles elimination field guide, 2013
    http://www.wpro.who.int/immunization/documents/measles_elimination_field_guide_2013/en/
  3. WHO WPRO, Sixth annual meeting of the region-al verification commission for measles elimination in the Western Pacific Region, 12-15 September 2017
    http://www.wpro.who.int/immunization/ documents/rvc_6th/en/

 

国立感染症研究所感染症疫学センター
 駒瀬勝啓 小林祐介 砂川富正 大石和徳
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