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エンテロウイルス実験室診断の現状と課題

(IASR Vol. 39 p98-99: 2018年6月号)

エンテロウイルス検査法においては, ウイルス分離培養および分離ウイルスの中和反応による血清型別が基本であった。ところが, ウイルス分離培養において種および型によって細胞による分離率に差がある。また, 同じ型であっても流行株によって細胞の感受性が異なることがある。さらに, 分離ウイルスが抗原性の変異あるいはウイルスの凝集等により中和できないことがあり難同定株として残る分離株も多かった。

そのため, 検査法として臨床検体から直接のゲノム抽出による検査法が広く用いられていなかった1990年代においては, 当該年に流行しているエンテロウイルスの細胞感受性および標準抗血清による難中和株に関して地方衛生研究所間で情報共有することが盛んであった。ウイルスによって細胞感受性や中和反応性に差があることは従来法によるエンテロウイルス検査の大きな課題であった。

臨床検体からのエンテロウイルス遺伝子直接検出は, 1990年代にエンテロウイルス5’-ノンコーディング(5’-NC)領域のゲノム検出から始まった1)。しかし, 5’-NC領域の分子系統樹は, 血清型を規定するカプシド領域の系統樹と, 必ずしも相関しておらず, 5’-NC領域の塩基配列によるエンテロウイルス血清型(型)同定の妥当性は低い。5’-NC領域は, 汎エンテロウイルス用リアルタイムPCRの増幅領域として使用されている。

VP1部分領域およびVP4-VP2部分領域の塩基配列を用いた解析が型別に使用されている。中でも, 多用されているのは中和抗原性に関与するとされるVP1領域の塩基配列を決定するためのPCR法である。もっとも相同性の高いエンテロウイルス標準株のVP1領域の塩基配列が75%以上(アミノ酸に翻訳して88%以上)同じである株は, 同じ血清型の株とされている2,3)

CODEHOP VP1 RT-snPCR(CODEHOP法)はエンテロウイルス型間で高度に保存されたアミノ酸モチーフから縮重プライマーをデザインしてすべてのエンテロウイルス型のゲノムRNAを増幅するために作られたsemi-nestedRT-PCRである4)。1st-PCRでAMLGTH(I/L/M)をコードするVP3の部位(プライマー224)とVP1中央付近の保存モチーフM(F/Y)(I/V)PPG(A/G)を標的とする(プライマー222)で, すべてのEV血清型の増幅を可能にし, 2nd-PCRの鋳型として用いるウイルス特異的産物の絶対濃度を増加させる。これらの1st-PCRで用いるプライマーはイノシン残基をもつのでプライマーの全体的な縮重は減少するが, プライマーと鋳型ヘリックスの熱安定性が減少する。そのため, 1st-PCRには 低い厳密性とアニーリング条件が必要である。2nd-PCRで用いるプライマーAN89は, モチーフ[PALTA(A/V)E(I/T)G]をターゲットとし, イソロイシンまたはスレオニンのいずれかをコードするコドンにアニーリングできるように, さらなる縮重を組み込んでいる。プライマーAN88は, モチーフM(F/Y)(I/V)PPGGPVを標的とする。コンセンサスクランプによりプライマーAN89とAN88の熱安定性の増加が図られている。CODEHOP法により350~400bpの増幅産物が得られる。

コクサッキーウイルスB5型(AFA28144)を例としてCODEHOP法を説明すると次のとおりである。

①VP1の283個のアミノ酸のうち161-163番目のアミノ酸配列をもとにデザインされたAN32(33, 35)および195-197番目のAN34のアミノ酸配列によるプライマーを使用してcDNAを合成する。

②VP3の242個のアミノ酸のうち149-155番目のアミノ酸配列によるフォワードプライマー224およびVP1の283個のアミノ酸のうち144-150番目のアミノ酸をもとにしたプライマー222で1st-PCRを行う。

③増幅産物をテンプレートとして, 2nd-PCRを実施する。29-37番目のアミノ酸と, 144-152番目のアミノ酸によるプライマー(それぞれAN89およびAN88)により2nd-PCRを行う。

④PCR産物が得られた場合は, プライマーAN89およびAN88またはプライマーAN232およびAN233を用いてシークエンスの決定をする。なお, AN232(CCAGCACTGACAGCA)およびAN233(TACTGGACCACCTGG)はそれぞれAN89およびAN88の5’非縮合クランプ配列である。

PCRに用いるプライマーの塩基配列は図1のとおりである。全体の模式図を図2に示した。

課題としては, エンテロウイルスは変異が多く, 特にVP1領域は常に抗体の選択圧を受けているので変異が起きやすいことである。VP1領域をターゲットとしてプライマーを設定することには限界があり, VP4-VP2領域を用いたRT-PCRの感度が良いとする報告も多い。手足口病起因ウイルスが含まれるEnterovirus Aにおいては, VP1, VP2およびVP4で決定した型がおおむね一致したという報告があるが5), それ以外の種においては不一致例もみられる。また, 複数のエンテロウイルス株を含む臨床検体の場合, 塩基配列解析によるウイルス同定は困難となる。さらなる検査手法の改良が必要であり, ウイルスの変異の影響を受けにくい領域にプライマーを設定し, 高感度で簡便な検査系を構築することを目ざしている。

エンテロウイルスにおいてVP1領域を基準とした型別の手法が固まっていることは検査および研究にとって比較的取り組みやすい状況といえる。この流れを受けて, 従来の血清型という呼称から型と呼称されることが定着しつつある。近年報告されている新たなエンテロウイルス型の多くは, 血清学的に同定されたわけではなく, 塩基配列の相同性により同定され, 新型と認められているからである。VP1領域の塩基配列において標準株との低い相同性が認められた場合, 新型である可能性もある。発症早期に呼吸器, 便, 髄液, 血清, 尿の検体を採取しておくことは, その後の適切な検査において重要である6)。なお, 検査の詳細については, 国立感染症研究所のホームページに掲載されている病原体検査マニュアルおよび公開されている検査法の解説7)を参照されたい。

 

参考文献
  1. Rotbart HA, J Clin Microbiol 28(3): 438-442, 1990
  2. Oberste MS, et al., J Clin Microbiol 37(5): 1288-1293, 1999
  3. Oberste MS, et al., J Virol 73: 1941-1948, 1999
  4. Nix WA, et al., J Clin Microbiol 44(8): 2698-2704, 2006
  5. Perera D, et al., J Med Virol 82(4): 649-657, 2010
  6. Chong PF, et al., Clin Infect Dis 66(5): 653-664, 2018
  7. 清水博之, 臨床とウイルス 増刊号 ウイルス検査法(改訂第2版), 印刷中

 

国立感染症研究所
 感染症疫学センター 藤本嗣人 小長谷昌未 花岡 希
 ウイルス第二部第二室 清水博之

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