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海外における無菌性髄膜炎等を対象とした病原体サーベイランスの動向

(IASR Vol. 39 p101-102: 2018年6月号)

ポリオ根絶計画の進捗に伴い, エンテロウイルス(EV)サーベイランス(患者, 環境水由来)が重視されるようになっている。例えば, フランスでは患者サーベイランスと環境水サーベイランス(パリ市で実施)をネットワーク化し, ポリオウイルス(PV)の把握とともにウイルス性脳炎・髄膜炎等のEVサーベイランスを強化している。2016年の活動ではネットワークは36検査室で構成, 延べ約6.5万検体を検査し, 約2.6千検体がEV陽性であることを報告している1)

PV感染の多くは不顕性であり, 感染者の1割程度が夏かぜ様症状を呈することが知られている。このため, 欧米などのポリオフリー地域では, 輸入を想定し, 従来から無菌性髄膜炎患者を対象としたEVサーベイランスが行われてきた2)。また, PCR法が普及するとともに, 病院でも入院期間の短縮, 抗菌薬の適正使用の観点で, 検査を実施する場合がある。これまでの欧米の調査より無菌性髄膜炎は主にエンテロウイルスB(EV-B)群に属するエコーウイルス(E)やコクサッキーウイルスB(CV-B)群が関与し, 血清型により重篤度, 流行の規模が異なることが明らかにされている2,3)

他方EV-A群に属するエンテロウイルスA71(EV-A71)感染による重篤な手足口病の流行が1990年代後半よりアジア諸国で報告されて以後, 国際的な伝播が注視されている4,10)。また, 従来呼吸器感染に関与すると考えられていたエンテロウイルスD68(EV-D68)による急性弛緩性脊髄炎(AFM)と関連が疑われる症例報告が2014年以降に各国で相次いだ5)。さらにEVと近縁のパレコウイルス(HPeV)3型感染による乳幼児の中枢神経症状を示す症例も各国で報告されている。

このようにPV検出を視野に入れ, 無菌性髄膜炎に限らず中枢神経症状を示す症例を対象としたEVサーベイランス(HPeVを含む)強化の流れがあるといえる6)。EV-A71, EV-D68の動向は既報で紹介されているため, 本稿ではEV-B群感染による無菌性髄膜炎の動向を紹介する。

米 国

米国ではEV感染症はポリオを除くと届出対象でなく, 任意のEVサーベイランスである。EV, HPeVを対象とした病原体サーベイランスには, 米国疾病管理予防センター(CDC)を含む17の施設より疫学データとともに型別結果を収集するサーベイランス(NESS)と, 型別や患者情報を含まないが種別までの結果を収集する呼吸器/腸管系ウイルスサーベイランス(NREVSS)がある。NESSでは2009~2013年の間, 延べ2,532人の患者の検査報告が登録されており, 型別同定されたEVは延べ1,819例だった。この中でCV-A6とHPeV3が多く(ともに12.3%), E-11(7.9%), E-18(5.6%), その他の順となっている。NREVSSでは同じ期間, PCRで約15万検体を検査し, 約12%が陽性であったことが報告されている。これら2種類のサーベイランスを組み合わせてEV等の動向を解析し情報を発信している3)。なお, 無菌性髄膜炎に関連する最近の集団発生は, 高校生のサッカーチーム内で起きたE-30感染による事例が2014年に報告されている7)

欧 州

無菌性髄膜炎の起因ウイルスとして, 2013年のドイツのE-308), 2016年オランダのE-69) 等, 主にEV-B群による流行が報告されている。一方, 欧州におけるEV-A71, EV-D68の流行を踏まえ, 欧州CDC (ECDC) はEU/EEA諸国が情報共有を図るためのシステム(EWRS)にEVクラスターとアウトブレイク報告を推奨しており, 中枢神経症状と関連するEV検出のため, 髄液, 糞便に加え呼吸器検体の採取を奨励している10)。加盟30カ国のうち26カ国はEVサーベイランスを実施しているが, 検査および報告体制は様々である。EV-D68のような呼吸器感染症患者由来の検体について2014年の流行以降インフルエンザ様疾患(ILI)定点などを活用し, 新たにサーベイランスの対象とした国もある11)

中 国

中国ではEV感染症のうち, 急性弛緩性麻痺(AFP)と手足口病は届出対象であるが, 無菌性髄膜炎は対象外のため, 基本的にはアウトブレイク対応で検査を実施している。中国北部の入院患者(5病院, n=285)を対象とした調査では, ウイルス性の急性脳炎, 髄膜炎の髄液を用いて各種ウイルスを検索した結果, 約4割がPCR陽性となり, うちEVが他国と同様, 最も多いことを報告している12)。中国では1990年代にAFPサーベイランスと, ポリオ実験室ネットワークが確立されている。このネットワークは無菌性髄膜炎等のウイルス検査に活用されている。

中国でもEV-B群が無菌性髄膜炎の流行と関連することが報告されており, 近年では2015年の河北省におけるE-1813)他, 多くの疫学報告が発信されている。特に山東省では無菌性髄膜炎を対象とした定点サーベイランスを独自に構築しており, 2006~2012年のEVサーベイランスでは, E-30, EV-A71, CV-B群他様々なEVが検出されたことが明らかにされている14)

EV-Bによる大規模な無菌性髄膜炎の流行は欧米ではこの数年報告されていないが, サーベイランスでは検出が続いている。他方, 中国ではEV-B群による大規模な流行が各地で報告されている。また, ポリオ根絶計画におけるAFPサーベイランスでは, PV以外は麻痺との関連は明確でないものの, 新たな遺伝子型のEVが見出されている。このためウイルス性脳炎, 髄膜炎などを対象としたHPeV, EVの病原体サーベイランスは強化の方向にある。

 

参考文献
  1. CNR, Reference des Enterovirus et Parechovirus, RAPPORT D’ACTIVITÉS 2016
    http://cnr.chu-clermontferrand.fr/CNR/default.aspx
  2. Donoso MO, et al., Euro Surveill 13(3): pii: 8017, 2008
  3. Glen R Abedi, et al., MMWR 64(34): 940-943, 2015
  4. http://www.wpro.who.int/topics/hand_foot_mouth/en/
  5. エンテロウイルス D68(EV-D68)感染症に関する Q&A
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/EVD68/EV-D68_QA20151022.pdf
  6. WHO-EURO, Enterovirus surveillance guidelines: Guidelines for enterovirus surveillance, Copenhagen: WHO; 2015
  7. Croker C, et al, MMWR 63(51): 1228, 2015
  8. Rudolph H, et al., Eur J Clin Microbiol Infect Dis 36(9): 1651-1660, 2017
  9. Benschop KS, et al., Euro Surveill 21(39): pii: 30351, 2016
  10. ECDC, Rapid Risk Assessment-Enterovirus detections associated with severe neurological symptoms in children and adults in European countries, 8 August 2016, Stockholm, 2016
  11. Harvala H, et al., Euro Surveill 22(45): pii: 16-00807, 2017
  12. Ai J, et al., BMC Infectious Diseases 17: 494, 2017
  13. Chen X, et al, Emerg Microbes Infect 2017 Jun; 6(6): e54, 2017
  14. Tao Z, et al., PLOS ONE 9(2): e89766, 2014
 
 
国立感染症研究所ウイルス第二部 吉田 弘

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