国立感染症研究所

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エイズ予防指針2018:改正のポイント

(IASR Vol. 39 p155-156: 2018年9月号)

1981年に初めて報告されたエイズだが, 1983年にはHIVが発見され, 1987年には最初の抗HIV薬アジドチミジン(AZT)が承認された。その後も活発な研究開発が進められた結果, 1996年には抗HIV薬を3種類併用する抗HIV療法(Anti-Retroviral Therapy: ART)の基本型が確立した。一方予防対策については, 1989年に施行され法的根拠であったエイズ予防法が, 1999年に感染症法へと廃統合された。感染症法の条項に沿って1999年に最初の後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針(以下, 「エイズ予防指針」という)が制定され, 2006年, 2012年に改正されてきた。その後, ARTについての新たな知見がもたらされ, 予防対策にも積極的に取り入れるべきであると考えられた。主なものは, 以下の4点である。まず第1に, 「治療が予防効果を持つ」こと, Treatment as Prevention(TasP)が証明された1)。第2に, CD4陽性T細胞が高い患者(500/μL以上)にとってもARTのメリットがあることが示された2)。第3に, 「治療が上手くいっているのは, 推定感染者の25%程度に過ぎない」というケア・カスケード研究が発表された3)。第4に, 国連合同エイズ計画(UNAIDS)が2020年までの新たな目標として, (1)推定HIV感染者の90%以上が感染を自覚していること, (2)診断された感染者の90%以上が治療を受けていること, (3)治療中の感染者の90%以上が血中ウイルス量を検出レベル以下に抑制していることとする, いわゆる90-90-90戦略を打ち出した4)。こういった新たな知見を踏まえ, 2018年1月18日にエイズ予防指針が改正されたため, 以下に改正のポイントを概説する。

前 文

抗HIV療法が感染者個人の健康を増進するばかりでなく, TasP即ち新規感染を予防する効果を有することを記載した。一方, エイズを発症してからHIV感染の診断を受ける患者が新規報告数の約3割に及ぶことを記載し, 早期診断の重要性を強調した。個別施策層の見直しを行い, 世界保健機関(WHO)などの国際機関においてKey Affected Populations(KAPs)と称される人々に相当する位置づけとした。これまで個別施策層に含まれていた青少年は, 教育等の中で啓発することが重要だとした。外国人については, 「医療の提供」の中に項目を設け, 非政府組織(NGO)との協力や外国人に対する保健医療サービスの重要性を述べた。わが国の動向から判断し, Men who have sex with men(MSM)が最も重点的に配慮, 対策を必要としている個別施策層であることを述べた。

エイズ予防指針の目的は, これまで「後天性免疫不全症候群に応じた予防の総合的な推進」とされてきたが, HIV感染症全体を対象とすることを明確にした。その上で国, 地方公共団体, 医療関係者およびNGO等が連携して, 「正しい知識の普及啓発」, 「教育」, 「検査・相談体制の充実」, 「人権の尊重」などを推進する重要性を強調した。

原因の究明

エイズ発生動向調査がHIVの流行動向を把握する基盤であり, 引き続き強化されるべきことを述べた。HIV感染症は経過の長い慢性感染症であることから, 感染者の医療状況を継続的に把握することが重要であり, 感染症法で任意報告とされた「エイズによる死亡や病状変化の動向把握」とその分析が引き続き重要であることを述べた。またケア・カスケードの疫学調査・研究が推進されるべきことを述べた。

発生の予防およびまん延の防止

日本におけるHIV流行の最大の感染経路が性行為であり, 「性感染症に関する特定予防指針」と連携した施策を強化することが重要だと指摘した。これまで項目立てされていた「普及啓発および教育」, 「検査・相談体制」を小項目として, 「性感染症に関する特定予防指針」との整合性を図った。その中で, コンドームの使用を含む正しい予防知識の普及啓発や検査・相談体制を引き続き強化する必要性を記述した。

「普及啓発および教育」では, 「教育機関等での普及啓発」, 「MSMに対する普及啓発」, 「医療従事者等に対する教育」, 「関係機関との連携強化」を項目立てし, 学校教育や社会教育とその連携の重要性, 当事者やNGOとの連携の重要性, 「標準感染予防策や拠点病院連携の重要性」, 「人権に配慮した教育や啓発体制の重要性」等についてそれぞれ言及した。

医療の提供

梅毒や尖圭コンジローマ, 赤痢アメーバ等の性感染症を疑われる者に対するHIV検査の重要性を強調した。地域において包括的な医療を受けられる体制や, 他科, 特に歯科診療所や透析医療機関との連携が重要であることを明記した。また, 外国人に対する保健医療サービスの重要性についても本項で言及した。

研究開発の推進

これまでのエイズ予防指針に従って, 良質かつ適切な医療を提供するための各種指針を作成することの重要性を述べた。ワクチン開発等の重要な基礎研究を継続して実施すること, 海外で有効性が報告されている抗HIV薬の曝露前予防投与についても研究が必要だとした。

まとめ

エイズ予防指針は, 最初の制定から「予防と医療は車の両輪」として, 予防と医療それぞれの重要性を訴えてきたが, ARTの劇的な進歩を踏まえ, TasPや感染者全員にとってARTのメリットがあることが示された。今まさに, HIV感染症の予防と医療が統合的な対策として実施されるべき時であろう。2017年に発表された研究によれば, 日本のケア・カスケードは86-83-99というデータだった5)。わが国の質の良い医療インフラが流行の拡大阻止に貢献していることが示唆されるが, 予防啓発や受検していない人達に検査を届ける努力を続け, さらに早期発見・早期治療を推進することが推奨される。

 

文 献
  1. Cohen MS, et al., NEJM 365: 493-505, 2011
  2. Lundgren JD, et al., NEJM 373: 795-807, 2015
  3. Gardner EM, et al., CID 52: 793-800, 2011
  4. UNAIDS, 2018年8月13日閲覧
    http://www.unaids.org/en/resources/documents/2017/90-90-90
  5. Iwamoto A, et al., PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0174360, March 20, 2017

 

東京大学名誉教授 岩本愛吉
厚生労働省 原澤朋史

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