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新型インフルエンザ対策におけるプレパンデミックワクチン備蓄方針の変更について

(IASR Vol. 39 p199-200: 2018年11月号)

1.新型インフルエンザ対策におけるこれまでのワクチン政策

1997(平成9)年, 世界で初めて, 鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスによる感染確定者が報告された。H5N1ウイルス由来の新型インフルエンザが発生した場合, その病原性の高さに鑑み, 大きな健康被害が引き起こされることが想定された。新型インフルエンザが発生した際には, パンデミックワクチンを製造する計画であるが, 製造までに時間を要するため, 製造までの間に, 流行した株に有効性を確認できた場合, 特定接種の対象者に速やかに接種ができるように, 2006(平成18)年度よりH5N1プレパンデミックワクチンの備蓄を行うこととなり, 2018(平成30)年度まで, 適宜ワクチン株の変更等を実施しながら, 継続して備蓄を行ってきた。

備蓄に係る現行の方針は, 2016(平成28)年10月の第19回厚生科学審議会において,(1)近年のH5N1鳥インフルエンザ発生の疫学的な状況,(2)パンデミック発生の危険性,(3)パンデミックが発生した際の社会への影響,(4)発生しているウイルスとワクチン株の抗原性の4点を踏まえた上で, 検討時点で, 「危機管理上の重要性」の高いワクチン株の備蓄を優先するとされた。「危機管理上の重要性」の高さについては, ①ヒトでの感染事例が多いこと, ②ヒトでの重症度が高いこと, ③日本との往来が多い国や地域での感染事例が多いこと, の3つの観点から, 総合的に評価し判断することとしている。

この方針に従って, 現時点では, チンハイ株〔A/Bar headed goose/Qinghai/1A/2005(SJRG-163222)(クレード2.2)〕を1,000万人分備蓄している。

2.近年の鳥インフルエンザの状況と今後のワクチン候補株について

2017(平成29)年度までは, H5N1鳥インフルエンザウイルスのチンハイ株が該当していたが, 平成29 年以降はH5N1鳥インフルエンザのヒトでの感染事例は 4例にとどまった。一方, 中国で流行しているH7N9鳥インフルエンザウイルスについては, ヒトへの感染者数が, 2013(平成25)年以降, 1,567人報告されており, 急激な増加が確認されていること, このうち少なくとも613人の死亡事例が報告されており, 重症度が高いこと, また, 中国は日本との往来が最も多い国であることから, 現在確認されている亜型の中で最も危機管理上の重要性は高いと考えられる1,2)。さらにH7N9鳥インフルエンザウイルスは, HA遺伝子系統はYangtze River deltaとPearl River deltaクレードに分類され, 現在の主流は前者である。また, 2016年に家禽に対して高病原性を示すH7N9ウイルスが出現し, これらはYangtze River deltaクレー ドの中で高病原性鳥インフルエンザ(Highly Pathogenic Avian Influenza: HPAI)サブクレードを形成し, 低病原性(W5-1, W5-2)ウイルスサブクレードとは区別される。現在は, HPAIサブクレードからA/Guangdong/17/SF003/2016類似のワクチン候補株IDCDC-RG56Nが開発されており, フェレットで作製した抗IDCDC-RG56N血清は, 低病原性および高病原性ウイルスいずれにも広く交差反応することがわかっている3)。従って, 高病原性から低病原性まで広く交差性を示すH7N9株〔A/Guangdong/17SF003/2016(IDCDC-RG56N)〕を細胞培養によるワクチン製造候補株とするのが望ましいと考えられ, 平成30年6月の厚生労働審議会感染症部会で, その方針が承認された。

3.プレパンデミックワクチンの今後の備蓄方針等について

プレパンデミックワクチンの今後の備蓄方針等については, 新型インフルエンザ対策に関する公衆衛生作業班会議(平成30年3月23日), 内閣官房新型インフルエンザ等対策有識者会議(平成30年3月30日)において今後の備蓄の必要性についても検討すべきとの指摘を受けている。パンデミックワクチンについては, 平成30年度末を目標に細胞培養インフルエンザワクチンが新型インフルエンザ発生時には, ワクチン株決定から6カ月以内に全国民分のワクチンを製造する計画の整備が進んでいる。細胞培養事業で整備を行っている, KMバイオロジクス株式会社(旧化学及血清療法研究所), 北里第一三共株式会社, 武田薬品工業株式会社においては, それぞれ, アジュバントの有無, 種類が異なり, パンデミック時に発生した株との交差免疫等に違いがある可能性があるため, 細胞培養事業の整備後に各社の製造体制, パンデミックの発生からプレパンデミックワクチン, パンデミックワクチンの接種時期, 接種体制等を精査し, 改めてプレパンデミックワクチン備蓄の必要性について中長期的に検討する方針である。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応(2018年6月14日更新)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flutoppage/2276-flu2013h7n9/a-h7n9-niid/8106-riskassess-180614.html
  2. 国立感染症研究所, H5亜型の高病原性鳥インフルエンザの発生状況およびヒト感染例について
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/2393-disease-based/ta/bird-flu/idsc/8108-bird-fluh-20180622.html
  3. WHO, WER 92(12): 129-144, 2017

 

厚生労働省健康局新型インフルエンザ対策推進室

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