国立感染症研究所

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RSウイルスワクチン開発の現状とグローバルサーベイランスについて

(IASR Vol. 39 p220-221: 2018年12月号)

背 景

RSウイルス(RSV)は世界中に広く分布しており, 症状は軽症の感冒様症状から下気道感染に至るまで様々で, ほぼすべてのヒトが幼児期に感染し, 特に生後6か月齢未満で最も重症化するといわれる1)。現在, 認可されたRSVワクチンはない。過去にホルマリン不活化ワクチンによる臨床試験が行われたが, 対照群よりワクチン接種群の方で症状が悪化し, 2名が死亡する結果となった2,3)。RSV感染症に対する医薬品としては, ヒト化モノクローナル抗体のPalivizumab(商品名シナジス)が予防的投与に用いられているのみであり, 効果的なワクチンの登場が待望されている。

RSVワクチン開発の現状

近年, 世界保健機関(WHO)においてもRSVワクチン開発の議論が高まっており, 2015年からワクチン開発に関する会議が開催され, 報告書がVaccine誌に発表されている4,5)。WHOのワクチン戦略としては, 移行抗体による新生児の防護を目的とした母子免疫ワクチン, 小児用ワクチン, 60ないし65歳以上を目的とした高齢者向けワクチン, および流行期前に1回接種で効果のある改良型Palivizumabの開発を目指し, ライフステージにおける3回のワクチン接種と抗体医薬をもって, RSVの感染制御を目論んでいる。

現在, RSVワクチンの開発状況は米国Program for Appropriate Technology in Health(PATH)のホームページで参照でき, 43のワクチンおよび抗体製剤が開発中で, うち19製剤が臨床試験中である6)。これらのうちで第3相試験まで進んでいるのがNovavax社の母子免疫用nanoparticleワクチンであり, 4,600あまりの被験者による試験が行われている。2019年中に最終的な解析を行い, 2020年中に米国食品医薬品局(FDA)および欧州医薬品庁(EMA)へのライセンス申請を目指している7)

各メーカーによるワクチン開発は難航しており, 原因として基本となるサーベイランスデータ, ワクチン効果の測定に関連する標準品, ワクチン開発のためのガイドラインの欠如があげられる。WHOはRSVに対する標準抗血清の開発を進めており, 第1次WHO国際標準品として16/284が2017年のExpert Committee on Biological Standardization(ECBS)に提出され, 現在, 英国The National Institute for Biological Standards and Control(NIBSC)から凍結乾燥品として入手可能となっている (http://www.nibsc.org/documents/ifu/16-284.pdf)。ワクチン効果の確認のためには, 誘導される中和抗体価の正確な測定が重要であるが, これまでは標準品もなく, 試験法もバラバラであり, 各試験間の比較が不可能であった。しかし本標準品を用いることで, 異なる試験法であっても統一された力価による抗体価を測定, 比較することが可能となり, ワクチン効果の評価が容易に行えるようになった。さらにガイドラインについてもWHOにおける非公式協議が開催されており, 2018年現在開発中のすべての剤型 (弱毒生ワクチン, ベクターワクチン, サブユニットまたはnanoparticleワクチン) に対する品質管理方法, 前臨床試験, 臨床試験における評価項目等が網羅されたガイドラインを準備中である。本ガイドラインは2019年のECBS提出が目標とされている。

RSVのグローバルサーベイランス

一方, サーベイランスに関しては, WHOは既存のGlobal Influenza Surveillance and Response System (GISRS) の枠組みを利用したRSVのグローバルサーベイランスを始めるべく, 2015年より会議を開催している。背景には前述のNovavax社の母子免疫用nanoparticleワクチンが, 2015年当時で2018年頃にFDAに承認される見通しであり, 承認前後でサーベイランスシステムを立ち上げ, 世界的な流行状況の把握とともに, ワクチン効果の確認などを行う目論見であったことがあげられる。

グローバルサーベイランスの第1の目的はRSV感染症の疾病負荷の算出にある。すなわち, RSVが全体の呼吸器感染症の中でどの程度の脅威であるかを明らかにし, ワクチン等による疾病コントロールの必要性を数値で示すことである。RSVのグローバルサーベイランスにGISRSプラットフォームを利用する理由の1つとして, 多くの国でインフルエンザウイルスとRSVの担当部署が同じであることがあげられ, 労力, コストを制限しつつ短期間にセットアップが可能と考えられたからである。グローバルサーベイランスでは, 症例定義として入院患者を対象としたSevere Acute Respiratory Infection(SARI), 外来患者を対象としたInfluenza-like illness(ILI)を用いる予定であるが, 多くのRSV感染では発熱がみられないため, WHOの症例定義8)をそのまま当てはめると, RSV感染を正確に評価できない可能性がある。したがって本サーベイランスでは症例定義をSARI without feverおよびILI without feverとして用いることになっている。また対象年齢は小児だけではなく, 全年齢層を対象とすることになっている。本サーベイランスでのRSV検出法はリアルタイムRT-PCR法に拠ることとされ, 米国CDC法9)の利用が推奨されている。抗原検出による迅速診断キットは感度が低いこと, 成人 (高齢者) でのデータ採取が困難であることから使用は認められていない。現在, 適切で実効可能なサーベイランスシステムを構築するため, 2016年より代表13カ国によるパイロットサーベイランスが行われている。RSVグローバルサーベイランスの詳細や関連会議の概要はWHOのRSV特設サイトにアップされている10)

日本におけるRSVサーベイランス

わが国では, RSV感染症は感染症法における5類感染症として, 小児科定点による定点報告疾患とされている。2014 (平成26) 年の感染症法改正により, 病原体サーベイランスの対象としても, 都道府県の判断で選定することができるようになっている11)。しかしながら, 疾病負荷の算出のためには分母のあるサーベイランスが必要であり, 現状の定点報告では流行トレンドの把握は可能であるが, 疾病負荷の算出は困難である。またグローバルサーベイランスでは全年齢層を対象とすることを要求しているが, わが国は小児科定点のみの観測である。さらにわが国ではウイルス検出法として迅速診断キットによる抗原検出が主であるが, グローバルサーベイランスではリアルタイムRT-PCR法によるウイルス遺伝子検出を要求している。したがって, わが国が将来的にどのようにグローバルサーベイランスに関与していくか, 議論をしていく必要がある。

 

参考文献
  1. Girard MP, et al., Vaccine 23: 5708-5724, 2005
  2. Chin J, et al., Am J Epidemiol 89: 449-463, 1969
  3. Fulginiti VA, et al., Am J Epidemiol 89: 435-448, 1969
  4. Modjarrad K, et al., Vaccine 34: 190-197, 2016
  5. Giersing BK, et al., Vaccine, doi:10.1016/j.vaccine. 2017.02.068, 2017
  6. PATH, RSV Vaccine and mAb Snapshot, 2018
    https://www.path.org/resources/rsv-vaccine-and-mab-snapshot/, Accessed
  7. Novavax, Novavax Reaches Significant Enrollment Milestone in the Prepare(TM) Phase 3 Trial of its RSV F Vaccine, 2018
    http://ir.novavax.com/news-releases/news-release-details/novavax-reaches-significant-enrollment-milestone-preparetm-phase, Accessed
  8. WHO, WHO surveillance case deinitions for ILI and SARI
    http://www.who.int/influenza/surveillance_monitoring/ili_sari_surveillance_case_definition/en/, Accessed
  9. Fry AM, et al., PLoS ONE 5: e15098, 2010
  10. WHO, WHO Global Respiratory Syncytial Virus Surveillance
    http://www.who.int/influenza/rsv/en/, Accessed
  11. 厚生労働省, 平成26年の感染症法改正に伴う感染症の情報収集体制の強化について
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115688.html, Accessed
 
 
国立感染症研究所ウイルス第三部 白戸憲也 竹田 誠

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