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東京都文京区における百日咳流行株の細菌学的解析, 2018年

(IASR Vol. 40 p7-9: 2019年1月号)

はじめに

東京都文京区では2016年2~7月に幼児を中心とした百日咳流行が発生し, 区内医師会の協力のもと積極的疫学調査および病原体検索が行われた1)。その後, 2018年4月に再び同区小児科医師より小学生を中心とした百日咳流行の発生が確認された。そこで, 2018年の文京区百日咳流行株を2016年の流行株と比較解析するため, 病原体検索を実施した。百日咳流行は2小学校の生徒を中心に発生したが, 家族内感染により区外中学校に通学する同胞への感染例も認められた。また, 区内居住者であるものの百日咳流行が認められた小学校の生徒と疫学的関連を有さない感染者も確認された。

病原体検索

調査期間:2018年4~8月

対象:遷延性咳嗽を主訴に文京区内5医療機関を受診した患者38名

方法:医療機関では後鼻腔または咽頭スワブ検体を採取し, 国立感染症研究所では菌培養検査を実施した。菌培養検査では, スワブ検体をボルデテラCFDN寒天培地に塗布し, 36℃で7日間培養した。菌種の同定には4PlexリアルタイムPCR法を用いた2)

結果:調査期間内に百日咳菌6株, パラ百日咳菌1株が臨床分離された ()。流行初期の4月にパラ百日咳菌が分離されたのち, 百日咳LAMP陽性者の増加が認められた流行後期の7~8月に百日咳菌が分離された。なお, 百日咳菌が分離された患者はいずれも乳幼児期にDPTワクチンを4回接種していた。

百日咳菌臨床分離株の細菌学的解析

臨床分離された百日咳菌およびパラ百日咳菌は, 細菌学的解析としてMLVA法による遺伝子型解析, 各種抗原の産生解析, 薬剤感受性試験に供試した ()。2016年と2018年の分離菌について, 得られた細菌学的所見を比較した。

2016年の流行では遺伝子型が異なる2種類の百日咳菌 (MT186, MT27a) と3種類のパラ百日咳菌 (MTBPP2, MTBPP17, MTBPP19) が分離されたが, 2018年は2種類の百日咳菌 (MT27a, MT36) と1株のパラ百日咳菌 (MTBPP19) が分離された。抗原産生解析の結果, 2016年に分離された百日咳菌1株が接着因子パータクチン (Prn) の産生を欠損していたが, その他の百日咳菌8株はいずれもPrnを産生していた。また, すべての百日咳菌が線毛3産生株であることが確認された。


百日咳治療の第一選択薬はマクロライド系抗菌薬であるが, 近年中国ではマクロライド耐性百日咳菌の流行が深刻な問題となっている3)。一方, 文京区で分離された百日咳菌・パラ百日咳菌のエリスロマイシンに対する薬剤感受性を調べたところ, すべての菌株が感受性を示した。

考 察

現行の沈降精製百日せきワクチンは免疫持続期間が短いことが指摘されており, 概ね4~12年と見積もられている。2018年に百日咳菌が分離された患者においても, 6名すべてに乳幼児期のDPTワクチン接種歴 (4回) が確認され, 改めて学童期におけるワクチン免疫の減衰が指摘された。2018年の流行で分離された百日咳菌は, 細菌学的解析によりMT27aとMT36の2種類に分類されたが, これらは遺伝的に近縁な遺伝子型 (single-locus variant) であった。さらに, 2018年7月にMT27aが分離されたのち, 8月にMT36が分離されていることから, 本流行中にMT27aがMT36へ変化した可能性も否定できない。

近年, 都市部以外で発生した百日咳地域流行では単一の遺伝子型に属する百日咳菌株のみが検出されているが4), 2016年・2018年の文京区百日咳流行ではともに, 複数の遺伝子型に属する百日咳菌およびパラ百日咳菌が分離されている。ヒトの移動が頻繁となる都市部では, 小規模な流行が同時に発生することにより流行が複雑化している可能性も指摘された。ただし, 文京区に隣接する他区では大きな百日咳流行が確認されていないことから, 他地域への感染拡大は無かったものと判断された。

 

参考文献
  1. 新橋玲子ら, IASR 38 : 28-30, 2017
  2. Kamachi K, et al., New Microbes New Infect 8: 70-74, 2015
  3. Wang Z, et al., Clin Microbiol Infect 20: O825-O830, 2014
  4. IASR 38 : 23-24, 2017

 

森こどもクリニック 森 蘭子
千晶こどもクリニック 中井千晶
茗荷谷キッズクリニック 有馬慶太郎
小石川柳町クリニック 近藤千里
中野小児科内科 中野起久恵
松平小児科 松平隆光
国立感染症研究所細菌第二部 大塚菜緒 蒲地一成

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