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エキノコックス終宿主ワクチンと駆虫薬について

(IASR Vol. 40 p42-43: 2019年3月号)

終宿主ワクチン開発の現状

終宿主に対するエキノコックスワクチンの開発は数多くの試行錯誤がなされているにもかかわらず, 実用化の目処は立っていない。終宿主の多包条虫に対する免疫応答の詳細は明らかにされておらず, 腸管寄生性である多包条虫に対してウイルスや細菌と同様な機序でのワクチン開発は困難であると考えられる。しかし一方で, イヌをモデル動物としたワクチン開発の研究から, その実現の可能性をうかがわせるいくつかの知見が見出されている。放射線照射を行った単包条虫原頭節をイヌに経口投与すると, 実験感染させた寄生虫数を減少させ得ることが古くから報告されている。また, 原頭節から抽出した抗原や, 成虫を培養して調製された分泌/排出抗原をアジュバントとともにイヌに免疫することで感染寄生虫数や排出虫卵数が減少し, 小腸内における成虫の成長が抑制されることも知られている1)。最近では, 44頭ものイヌを用いたワクチンの開発研究において, 免疫群が対照群に比べおよそ93%の寄生虫を排除したという例も報告されている2)。エキノコックスワクチンの開発においてイヌの個体差による結果のばらつきが大きな課題であるが, 統計処理を行う上で十分な動物数を用いた実験において感染防御が確認された例もあることから, より強力な抗原や免疫方法, イヌが示す成虫を排除する仕組みなどが明らかにできれば, 将来的な技術として進展が期待される。

北海道立衛生研究所内に設置されたエキノコックス専用感染実験施設においても, イヌのエキノコックスワクチン開発が実施されている。これまでに, 多包条虫をイヌに実験的に感染させ虫卵の排出を確認した後, プラジクアンテル製剤により駆虫をする操作を3回以上連続的に繰り返したイヌは, 例外なく再感染防御能が示され, しかも一度感染防御能を持ったイヌは少なくとも半年間は90%以上の虫体を排除する能力を維持する3)。この現象がどのようなメカニズムで生じるのかは明らかにされていないが, 同じ現象が単包条虫でも確認されていることから4), ワクチン開発の可能性を支持する重要な知見となっている。

近年, 北海道内のキタキツネは30~40%という多包条虫感染率を維持しており, 2018年3月には, 愛知県の一部地域において, 本寄生虫による汚染地域の拡大が報告された。このようなことは世界中で発生しており, 特にヨーロッパにおいて顕著である5)。地続きのユーラシア大陸において, 主な終宿主はキツネであり, 中間宿主となりうる哺乳類が存在する生態系の中で, キツネのテリトリーを持つ習性を鑑みれば, 人間が何らかの対策を施さなければその汚染地域は拡大する一方であろう。英国では入国してくるペットの駆虫(ペットトラベルスキーム)を継続実施しており, エキノコックスの侵入を防ぐ管理体制が機能している。道内では, 駆虫薬入り餌(ベイト)の散布を各自治体に推奨しており, このベイトを定期的に散布することでヒトへの感染リスクは減少させ得ると考えられる。しかしながら, 市町村単位の広域面積にこれを毎月散布するには多大な人的・経済的な難しさがあり, 散布を止めれば, 数年後には虫卵による汚染は散布前の状況に逆戻りする。かつて経口狂犬病ワクチンの散布が野生動物の狂犬病制御において有効であったように, エキノコックスワクチンの開発は, 本邦ならびに世界中の公衆衛生の向上に重要な意味を持つ。

イヌの(成虫)駆虫薬について

現在, 感染犬もしくは感染が疑われるイヌの多包条虫の駆虫には, プラジクアンテル製剤を用いることが主流となっている。駆虫の注意点などは, ガイドライン等に詳細にまとめられている6,7)。本駆虫薬は経口投与後, 小腸において虫体表面に作用する一方, 急速に胃腸管で吸収され, 血流に入り体内に拡散する。その後プラジクアンテルの一部は小腸の粘膜細胞から腸管内腔に分泌される。注射(皮下または筋肉内)またはスポットにより投与された場合も同様に小腸から分泌される。この小腸粘膜から分泌されたプラジクアンテルが, 粘膜深くに寄生している条虫まで作用する。プラジクアンテルの作用機序は完全には明らかにされていないが, 1)外皮の空胞化を引き起こし, それによって外皮が破壊される, 2)虫体の無機イオンの正常な出入りを妨害し, Ca2+やNaが過度に虫体内に入ることにより痙攣や収縮が起こる, 3)虫体のグルコースの吸収を抑制し, さらに乳酸塩の排泄量を増加させるなど虫体の栄養素代謝を阻害することなどとされている8)。1974年, ミュンヘンで行なわれた世界保健機関(WHO)主催の研究協議会において, メルク社とバイエル社により共同開発されたプラジクアンテルが初めて紹介された際, 本剤が縮小条虫を一瞬にして攣縮(れんしゅく)させるのを見た一同は驚きの声を上げたとされている9)。本薬剤は, のように, 多包条虫にも同様に作用し, 攣縮を起こす。その際, 虫体の破壊とともに内包している虫卵が一気に腸管内容物に混ざるので, 駆虫をした後の糞便の取り扱いには注意が必要である。しかしながら, 駆虫をしなければ感染犬の糞便中には, 引き続き虫卵が排出されることになる。駆虫に対する十分な理解がヒトの感染リスクを下げる上で重要である。

 

参考文献
  1. Zhang W, et al., Trends Parasitol 24: 419-424, 2008
  2. Zhang Z, et al., Infect Dis Poverty 7: 61, 2018
  3. Kouguchi H, et al., J Helminthol 90: 766-772, 2016
  4. Gemmell MA, et al., Parasitol, Pt 3: 599-620, 1986
  5. Gottstein B, et al., Trends Parasitol 31: 407-412, 2015
  6. 犬のエキノコックス症対策ガイドライン2004―人のエキノコックス症予防のために―
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/pdf/02-07-01.pdf
  7. 北海道小動物獣医師会編, 小動物臨床家のためのエキノコックス症対応マニュアル2014改訂版
    http://hsava.net/wp-content/uploads/2015/02/f6cec35141fb109dbff12b2f5247c60f.pdf
  8. 犬および猫に寄生する条虫・吸虫類の駆虫剤, 獣医師用研修資料, バイエル株式会社
  9. 坂本 司, エキノコックスのすべて 包虫症ダイジェスト, 雀羅書房, 1997
 
 
北海道立衛生研究所感染症部医動物グループ 孝口裕一

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan