国立感染症研究所

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国際保健規則(IHR):世界的な公衆衛生上の安全保障の枠組みの10年:第二部~IHRの履行~

(IASR Vol. 39 p70: 2018年4月号) 第一部はこちら 第三部(IASR 39:88 2018年5月号)はこちら

国際保健規則(IHR)〔新規に改訂されたIHR(2005)〕 という, 世界的な公衆衛生の安全保障の枠組みが発効されてから2017年で10年になる。これを機に, 世界保健機関(WHO)の発行するWeekly Epidemiological Record(WER)は, IHRに関する特集を組んだ。本記事は, この特集の第二部のまとめである。

2007年6月のIHR発効は, 国際的な公衆衛生上の緊急事態への対応に関する国際協力の新たな時代の到来を意味している。しかしながら, 他の多くの国際法と同様, 現実的な法の意義や課題は, 法の履行の過程で明らかとなる。

IHRという国際法の履行に際しての課題の一つは, 旧IHR〔IHR(1969)〕が3疾病のみを対象としていたのに対し, 新IHR〔IHR(2005)〕が広範な公衆衛生上の事例を対象とするようになった中で, 規則に従う必要があることである。新IHRにおいて, 「疾病」の定義の根底には, 「起源または発生源にかかわらず」という概念がある。これは, 自然に発生したものであろうが, 事故によるものであろうが, 意図的なものであろうが, 生物(感染症)・化学物質・放射性物質に関する事例のすべてがIHRの範囲内であると解釈されている。この解釈に関連して, 2007年のWorld Health Reportでは, 世界的な公衆衛生上の安全保障(Global Public Health Security)を, 「地理的な区域や国境を越えて, 人々の集団的健康を危険にさらす深刻な公衆衛生上の事例に対する脆弱性を, 最小化するための事前・事後活動」としている。

2009年の新型インフルエンザの世界的な流行によって, IHRは発効から2年も経ないうちにその全容を試されることとなった。この世界的な流行に対して, マーガレット・チャンWHO(前)事務局長は, IHRに基づく新たな委員会である緊急委員会を招集した。この委員会は, 報告された事例が「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」に該当するかの判断や, 締結国に対する一時的な勧告について, WHO事務局長に助言するなどの役割を担う。チャンWHO事務局長は, 2009年4月25日に, カナダ・メキシコ・米国で発展していた緊急事態を, PHEICであると宣言し, 緊急委員会は本流行がパンデミックの基準を満たすと結論づけた。これは, 緊急委員会によってPHEICと宣言された最初の公衆衛生上の緊急事態であり, 過去10年間で, これに続いて, 2014年にはポリオやエボラウイルス病, 2016年にはジカウイルス感染症に関して, PHEICが宣言された。

IHRの履行は, 緊急委員会やPHEICだけではなく, WHOの日常業務にも関係している。IHRは, 機密情報の共有など, 公衆衛生上の事例の探知や対応に関する方策を確立するのに有用性を示している。締結国は, WHOの地域事務局の担当窓口(IHR Contact Point)と緊急連絡を取り合うIHR担当窓口(IHR Focal Point)を設置しなければならない。IHR担当窓口は, 規定されたアルゴリズムを用いて, 重大な公衆衛生上の事例が発生した際に, これをWHOに報告し, 国内の関係機関と連携して情報共有・情報収集を行う責任を負う。このために, WHOは, 通常のウェブサイト上の情報公開に加えて, IHR担当窓口のためのEvent Information Siteという非公開のウェブサイトも設置した。これにより, 重要な公衆衛生上の事例や緊急事態に関する情報などを早期に他の締結国に提供することができる。

新型インフルエンザの世界的な流行が収束した2010年には, IHRの機能と新型インフルエンザに関する審査委員会が招集され, 「IHRで定められた国や地方自治体における公衆衛生的な対応能力は, 十分に機能しておらず, 世界的なIHRの早期の履行への道のりは厳しい」と結論づけられた。また, IHRの完全な履行が, (1)すべての国において早急に達成されなければならないこと, (2)資金の増強なくしては, また, ごく短期間では, 成し遂げられないこと, が審査委員会の重要な結論として導き出された。審査委員会は, IHRの履行, 特に各国が公衆衛生的な対応能力を身につけ, 維持することを, すべての関係機関が支援すべきであると勧告した。このため, 過去10年間のWHOの活動の多くは, 各国がIHRで規定された公衆衛生的な対応能力を強化する支援に重点を置いてきた。

IHRの効果的な履行は, WHOおよび法的に拘束された196カ国を含むすべての関係機関による持続的な関与が不可欠である。国際法全般, また, 特にIHRでは, 規則の遵守もまた大きな課題である。本特集の第三部では, IHRの履行について述べる。

 

[出典:WHO, WER 92(36): 521-536, 2017]
(抄訳担当:感染研感染症疫学センター 新城雄士 有馬雄三 砂川富正)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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