国立感染症研究所

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腸管出血性大腸菌による広域的な感染症・食中毒に関する調査について

(IASR Vol. 40 p83-85: 2019年5月号)

Ⅰ はじめに

広域的に発生する食中毒事案の早期探知および有効的な調査等を目的として, 2018(平成30)年6月29日付け事務連絡「腸管出血性大腸菌による広域的な感染症・食中毒に関する調査について」(以下「事務連絡」という)を発出して, 広域的な感染症・食中毒に関する調査情報の共有手順等について定めたので, その概要, 活用方法を紹介する。

なお, 広域発生事例の対応は, 国, 都道府県等の関係機関の連携を制度的に担保することも重要であり, 今般, 食品衛生法を改正し, 広域連携協議会を設置することで, 緊急を要する場合には, 厚生労働大臣は, 広域連携協議会を活用し, 広域的な食中毒事案に対応することを規定している〔2019(平成31)年4月1日施行〕。

Ⅱ 概要

1. 遺伝子型検査法の統一:これまで, 広域的な患者の発生の早期探知が遅れた理由の一つに, 検査手法が統一されていないため, 遺伝子型の共通性の確認に時間を要し, 食中毒患者の関連性の把握が遅れたことがあげられた。地方衛生研究所(地衛研)や国立感染症研究所(感染研)では, これまで腸管出血性大腸菌の遺伝子型別検査には, 主にパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE法), IS-printing System(IS法)および反復配列多型解析法(以下「MLVA法」という) の3つの遺伝子型検査手法を用いていたが, 広域的な事案の探知の迅速化のため, 異なる検査機関で実施した検査の結果が比較可能なMLVA法へ統一することとした〔2018(平成30) 年2月8日付け健感発0208第1号, 薬生食監発0208第1号「腸管出血性大腸菌の遺伝子型検査体制の整備及び研修会の開催について」〕。これにより, 全国で発生する腸管出血性大腸菌患者の遺伝子型の比較が可能となった。

2. 感染症・食中毒情報共有の基本的考え方:今般定めた事務連絡は, 事案の早期探知および関係部門間の情報の共有を目的とした共通IDでの疫学情報の管理, および上記で触れたMLVA法による結果の取り扱いの2点を新たに定め, 併せて国, 都道府県等の関係機関の連携・協力体制を確保するための腸管出血性大腸菌による広域的な感染症・食中毒に関する調査情報の共有手順を定めたものである。こうした情報の共有手順は, 調査情報判明後直ちに報告や入力を行い, 関係機関で共有し, 早期の探知, 原因究明, 拡大・再発防止につなげることが極めて重要となる。

3. NESID IDによる調査情報の統合管理:感染症法に基づく届出情報, 食中毒患者データ, 遺伝子型解析データの各情報の関連付けについて, 都道府県等の食品衛生部門と感染症部門の間や国と都道府県等との間での情報共有が不十分であったため, 情報共有に時間を要したことを踏まえ, まず, 患者の情報, 遺伝子解析結果, 推定される原因食品や原因施設等の疫学情報に感染症発生動向調査システムにて付与された番号(以下「NESID ID」と言う) を付与して管理することとした。これにより, これまで都道府県等の食品衛生部局や感染症部局, 感染研や地衛研等で異なる番号等で管理されていた患者情報・喫食調査情報・検査情報等をNESID IDにて紐付けし, 統合することが可能となった。

4. 食品保健総合情報処理システムにおけるMLVA型情報と調査情報の一覧化(図1:次に地衛研または感染研で実施したMLVA法の結果を感染研に集約し, 同研究所にて菌株の記号(MLVA型)を付与する。これを必要な疫学情報や上記3で付与されたNESID IDとともに一覧化(図1中の表)して, 厚生労働省の食品保健総合情報処理システム内で共有を行うことで, 国, 都道府県等の関係機関において全国の発生状況を迅速に確認できるようになった。

5. 広域発生疑い事例の探知と共通調査票による詳細調査:さらに, 感染症および食中毒の調査情報の共有手順として, (1)患者発生と他の患者発生との関連が明らかでない散発事例の段階と(2)同一の遺伝子型を有する菌株による患者が複数の都道府県等にわたって発生していることが明らかとなった広域発生事例(疑いを含む)の段階に分けて対応を行うこととし, 併せて広域発生事例の段階に原因食品等の汚染原因の絞り込みを目的として活用可能な共通調査票を策定した。

Ⅲ 活用方法

前記のとおり, 広域的な感染症・食中毒の早期探知, 関係部門間の連携および情報の共有等が可能になり, 次のような活用が可能と期待している。

1. MLVA型等リスト化した調査情報による広域発生疑い事例の探知(図2:まず, 複数の都道府県等にまたがって散発的に発生している同一遺伝子型の患者の情報がリスト化され, 関係機関にて閲覧可能となったことで, これまで一つの地方自治体内では散発的であって原因調査が困難と判断されていた事案についても, 他の地方自治体で発生した同一遺伝子型の患者に共通する汚染源があるかという視点で調査を行うことが可能となる。具体的には, 前ページ図2中の表にイメージを示したMLVA型検出状況のリストをチェックし, 複数の都道府県等にて同じMLVA型の患者が発生していることが確認された場合, 関係する都道府県等の間でお互いにNESID IDを用いて, 該当する患者の喫食情報や施設利用情報等の調査内容の照会・共有を行う。情報共有の結果, 原因と疑われる共通の発生要因が判明すれば, それに対するさらなる調査を行い, 必要な食中毒の被害拡大防止措置および再発防止措置をとることが可能となる。また, 事例の規模や状況によっては, 共通調査票を活用して, 特異的な情報解析や追加調査を行い, 広域事例全体の原因食品, さらには汚染原因の解明が可能となる。

2. 流通食品の検査結果の感染症・食中毒調査への活用(図3:流通している野菜類や肉類の収去検査において腸管出血性大腸菌が検出される場合がある。検出された菌株は患者の菌株と同様にMLVA法による検査を実施し, 同様にMLVA型検出状況のリストに掲載される。この場合, 直ちに食品の回収等の必要な措置をとることとなるものの, 全国の都道府県等は, リストを閲覧し, 特定の食品から特定のMLVA型の菌が検出されている情報をあらかじめ確認できることから, 同じMLVA型の患者が認められた場合には, 調査において, 当該食品を原因と疑って, 患者に喫食状況を確認することができる。

Ⅳ 終わりに

以上, 想定されるパターンに分けて当該事務連絡の活用法を紹介したものの, 前提条件として, MLVA型が同一であることが直ちに, 共通の発生要因が存在すると結論づけることはできないことに留意する必要がある。MLVA法は遺伝子配列の一部分を検査しており, MLVA型が一致したとしても必ずしも同一の株であることが完全に保証するものではない。したがって, MLVA法に限らず他の遺伝子型解析法においても言えることであるが, 「遺伝子型の一致」はあくまでも共通の発生要因があると疑い, 調査を実施するための疫学的な指標の一つであり, 発生要因の特定においては, 他の疫学情報等と併せて総合的に判断する必要があることを忘れてはならない。

 

厚生労働省 医薬・生活衛生局食品
監視安全課 食中毒被害情報管理室

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