国立感染症研究所

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単純ヘルペス脳炎の診療

(IASR Vol. 40 p105-106:2019年6月号)

はじめに 

単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis: HSE)は初期治療が患者の転帰に大きく影響するneu-rological emergencyであり, 早期診断早期治療が重要である。単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017について概説する。

疫 学 

HSEは成人における急性ウイルス性脳炎の中で最も頻度が高く, 起因ウイルスが判明したウイルス性脳炎の約60%, 脳炎全体の中では約15~20%を占める。日本でのHSE発生頻度は1990~2000年代の調査を通じて年間100万人あたり3.5~3.9人と推計され, その後も発生頻度は変化がないと推測される。また, HSEはどの年齢にも発症するが, 50~60歳にピークが認められ, 性差はなく, 発症時期の季節性もない。 

病 態 

単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus: HSV)にはHSV1型とHSV2型があり, HSEの原因はHSV1型によることが多いが, 新生児ではHSV2型によることもある。HSEの発症機序として, 三叉神経節などに潜伏したHSVが再活性化して, 上行性に脳に侵入して側頭葉や前頭葉に出血や壊死病変を生じることが想定されるが, 通常, 口唇ヘルペスや角膜ヘルペスなど先行感染は少なく皮膚・粘膜病変との関連性は明らかでない。病理組織学的には, 初期にはリンパ球およびマクロファージの浸潤が認められ, 進行期では血管周囲性リンパ球浸潤, 出血, 壊死, 神経細胞の核内に好酸性の封入体が認められる。 

予後・転帰不良因子 

抗ウイルス薬(アシクロビル)が開発される以前では単純ヘルペス脳炎の死亡率は70%以上あったが, アシクロビルが使用されるようになり死亡率は10%程度に減少した。しかし, 生存者の約25%に寝たきり状態, あるいは記憶障害や人格障害などの高度後遺症を認め, 完全回復あるいは後遺症が軽度で社会復帰できる患者は約半数と推定される。また, 転帰不良因子として, 高齢者やアシクロビル治療開始時の高度意識障害, アシクロビル治療開始の遅れがあげられる。免疫抑制状態にある易感染性宿主では単純ヘルペス脳炎の転帰が不良になることが報告されている。 

症状・症候 

発熱, 頭痛, 上気道感染症状で発症し, 数日後に意識障害やけいれん, 異常行動や健忘症などさまざまな高次脳機能障害を示す経過をたどるのが一般的である。しかし, 病初期に発熱や頭痛がない症例も存在することに留意しておかないと, 早期診断が遅れるので注意が必要である。項部硬直やケルニッヒ徴候など髄膜刺激症候は79~86%に認め, 意識障害の程度は覚醒度低下から高度意識障害, 幻覚・妄想, 錯乱など意識の変容と様々であるが, 69~100%と高頻度に認められる。また, けいれんは33~72%と中~高頻度に認められ, 片麻痺や同名半盲など局在徴候は低~中頻度に認められる。 

検査・診断 

HSEが疑われた場合, 髄液検査は確定診断に最も重要であり, 禁忌でない限り必須である。髄液所見ではリンパ球優位の細胞増多, 蛋白増加を認め, 糖は正常である。外観は水様透明であることが多いが, 赤血球やキサントクロミーを認める場合もある。稀に細胞数正常や蛋白濃度正常の症例, また糖低下を示す症例もあり注意を要する。髄液を用いたHSV DNA高感度PCR法は感度95%, 特異度99%と非常に有用であり, HSEの確定診断において最も重要である。 

側頭葉と辺縁系がHSEの好発部位であり, 病初期では90%にMRIの異常が検出され, 側頭葉, 前頭葉(側頭葉内側面, 前頭葉眼窩, 島回皮質, 角回)に病巣を認めることが多い。T1強調画像にて等~低信号, T2強調画像とFLAIR画像にて高信号のパターンを示すことが多い。また, 病初期での病巣検出には拡散強調画像(DWI)が有用なことも多く(図1), MRI検査ではT1強調画像, T2強調画像, FLAIR画像, DWIの全てを施行することが推奨される。 

脳波検査では, 病初期から片側性あるいは両側性の周期性複合波, 振幅の減衰, 焦点性あるいは全般性の徐波, 焦点性てんかん性放電など何らかの異常を認めることが多い。側頭をフォーカスとする周期性一側性てんかん型放電(periodic lateralized epileptiform discharges: PLEDs)はHSEに特徴的であるが, 出現頻度は30%程度とされる。 

治療指針 

抗ウイルス薬としてアシクロビルが第1選択薬であり, アシクロビル10mg/kg, 1日3回点滴静注し, 免疫正常例では14~21日間, 免疫不全例では21日間の投与を行い, 髄液HSV DNA高感度PCRの陰性化を確認して終了する(図2)。HSE患者の救命率を上げ後遺症を軽減するためには, 「ウイルス性脳炎が疑われるすべての患者」に対して, PCRの確定診断を待つことなくアシクロビルを投与開始することが重要であり, 医療機関受診からアシクロビル開始までの時間は「6時間以内」が望ましい。 

十分量のアシクロビルが投与されても髄液PCRにおいてウイルス量が減少しない場合や画像所見が拡大する場合には, 治療抵抗性HSEを考慮し, アシクロビルに追加して, ビダラビン15mg/kg, 1日1回点滴静注, またはホスカルネット40mg/kg, 1日3回点滴静注(保険未承認)を併用することが推奨される。 

成人のHSEでは副腎皮質ステロイド薬併用は確立されていないが, 副腎皮質ステロイド薬はウイルス感染時の宿主免疫反応による細胞傷害性を伴う炎症反応を抑制すると考えられ, 一定の医学的根拠もあり勧められる。さらに, 急性散在性脳脊髄炎など副腎皮質ステロイド薬が効果的である疾患が鑑別にあがるため, 実際には併用が必要である。

 

参考資料
  1. 日本神経感染症学会他監 「単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017」 南江堂
 
 
日本大学医学部神経内科 中嶋秀人

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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