風しんの定期接種制度の変遷について
(IASR Vol. 40 p130-131:2019年8月号)
1.風しんについて
風しんは, 発熱, 発疹, リンパ節腫脹を特徴とする風しんウイルスによる感染性疾病である。一般的には症状は軽症で予後良好であるが, 罹患者の5,000~6,000人に1人程度が脳炎や血小板減少性紫斑病を発症し, また, 妊婦が妊娠20週頃までに感染すると, 白内障, 先天性心疾患, 難聴等を特徴とする先天性風しん症候群の児が生まれる可能性がある。
国内では, 1990年頃までは毎年推計数十万人の患者が発生し, ほぼ5年ごとに全国的な流行を繰り返し, 国民の多くが自然に感染していたが, 予防接種の進展により, 現在は感染の規模は縮小し, 流行の間隔も長くなっている1)。
ここでは, 風しんに対する予防接種法に基づく定期の予防接種(定期接種)の変遷について説明するとともに, 2019年2月より開始された追加的対策についても記載する。
2.風しん定期接種について
1976年6月に, 定期接種の対象疾病に風しんが位置づけられ, 1977年8月, 中学校等の女子を対象に風しんの定期接種が始まった。当時の風しんの定期接種の接種方法には, 米国方式として, 流行そのものを止めようとする考えのもと, 小児期からの予防接種を行う方法。英国方式として, 妊婦の感染防止に重点をおいて, 思春期女子に接種する方法があった。この接種方法の選択にあたっては, ①国内では当時風しん大流行の直後であり, 次の流行までにできるだけ多数の妊婦に免疫を与えておきたいという緊張性があったこと, ②風しんワクチンが開発されたばかりで, 10年, 20年後の免疫維持についての不安があったので, なるべく妊娠年齢に近いところで接種したいと考えたこと, ③ワクチン被接種者周囲の妊婦に感染を起こすという不安を少なくするため, 中学生のいる家庭では妊婦がいることが少ないといったことが考慮され, 英国方式が採用された2)。
また, 1989~1993年にかけては, 麻しんの定期の予防接種として, 男女幼児の希望者に対して, 風しんを含有する麻しん・おたふくかぜ・風しん混合(MMR)ワクチンの使用が可能となった3)。その後, 先天性風しん症候群の予防に加え, 風しんの発生およびまん延の防止を目的として, 1995年4月に接種対象者が男女幼児へと変更されるとともに, 時限措置として, 1995年4月~2003年9月にかけて, 中学生男女を対象に接種が行われた。さらに, 2006年4月から, 麻しん風しん混合(MR)ワクチンの使用が開始され, 同年6月より, それまでの1回接種から1歳児(第1期)と小学校入学前1年間の幼児(第2期)を対象とした2回接種に変更された4)。その後, 2007年から始まった10~20代を中心とする麻しんの全国的な流行を受けて, 風しんは麻しんとともに対策をとるべき疾患として, 2008~2012年度までの5年間, 中学1年生(第3期)および高校3年生相当の年齢の者(第4期)を対象に, 2回目の接種機会が設けられた。
3.風しんの追加的対策について
風しんの発生報告が全数報告となった2008年以降, 2012年には2,386人, 2013年には14,344人の風しん患者報告があった。厚生労働省(厚労省)では, 2013年の風しんの流行を受け, 2014年3月に「風しんに関する特定感染症予防指針」を新たに定め, この指針に基づき, 医師による風しんの届出の迅速化, 予防接種の徹底等の取り組みを進めてきた。また, 先天性風しん症候群を防ぐ観点から, 妊娠を希望する女性等を対象とした抗体検査の補助事業を行ってきた。
2018年7月以降, 特に関東地方等で風しんの患者数が大幅に増加した。また, 米国疾病予防管理センター(CDC)は2018年10月22日付けで, 日本で風しんが流行しているため, 米国民に対し, 予防接種を受けていない等風しんに対して免疫がない妊婦は, 日本への渡航を控えるように注意喚起した(3段階あるうちのレベル2)。
こういった状況を踏まえ, 厚労省は, 風しんの感染拡大防止のため速やかに対応することが重要と考え, 2018年12月, 「風しんに関する追加的対策」を取りまとめ, これまで予防接種法に基づき定期接種を受ける機会が一度もなく, 抗体保有率が約80%と他の世代に比べて低い1962年4月2日~1979年4月1日までの間に生まれた男性を対象として, 約3年間, 全国で, 抗体検査と予防接種法に基づく定期接種を実施することを決定した。
この「追加的対策」の要旨は, 以下の3点である。
1点目として, 予防接種の前に抗体検査を求めたことが挙げられる。特に抗体保有率が他の世代に比べて低い対象者の世代でも, 約8割は予防接種を受けなくても感染予防に十分な免疫を保有していると考えられるため, まずは抗体検査を行い効率的・効果的に予防接種を実施できる体制を構築することが重要と考えたためである。
2点目として, 対象世代の男性の多くは働く世代であることから, 勤務地などの居住地以外であっても, 風しん抗体検査・予防接種を受けられ, さらに, 事業所健診の機会を利用して抗体検査を受けられるようにした。これはこれまでにない取り組みである。
3点目として, これらを実現させるために, 自治体と医療機関/健診機関を全国規模で契約をまとめた集合契約の実現, 費用の請求・支払い業務を簡素化するために国保中央会・国保連合会の御協力を得たこと, 円滑に事業を実施できるように全国の市区町村や医療機関に向けた統一ガイドライン(手引き)を示し, きめ細かく取り組みを支援したこと等の前例のない取り組みが数多く実施されたことも大きな特徴と考えられる。
現在, 抗体検査や予防接種を原則無料で受けられるクーポン券が市区町村から対象者に配布されているが, 第5期定期接種の成功の可否は, 対象者が接種を受ける行動を起こすか否かにかかっており, 医療機関における積極的な抗体検査・予防接種の実現が重要であると考えられる。
参考文献
- 風しんに関する特定感染症予防指針
- 乾燥弱毒生麻しんおたふくかぜ風しん混合ワクチンの接種について(平成2年1月18日, 健医感発第3号)
- 乾燥弱毒生麻しんおたふくかぜ風しん混合ワクチンの接種について(昭和63年12月19日, 健医感発第93号)
- 国立感染症研究所風疹Q&A(2018年1月30日)