国立感染症研究所

IASR-logo
 

近年の風疹ウイルスのウイルス学的変遷

(IASR Vol. 40 p134-135:2019年8月号)

風疹ウイルスはプラス一本鎖RNAをゲノムにもつRNAウイルスでRubivirus属に分類される唯一のウイルスである。これまでチクングニアウイルスなどの属するAlphavirus属ウイルス(以下アルファウイルス)と同じTogaviridae科に分類されてきた。しかしながら, ①アルファウイルスの多くが節足動物媒介性であるのに対し, 風疹ウイルスはヒト―ヒト間を飛沫感染で伝播すること, ②アルファウイルスのウイルス粒子が正二十面体であるのに対し, 風疹ウイルスのウイルス粒子は多形性で, 正二十面体形をとらないこと1), ③RNA依存性RNAポリメラーゼ遺伝子の網羅的系統学的比較によると, 風疹ウイルスはアルファウイルスより, むしろ他のウイルス科のウイルスに近縁であること2), ④全長ゲノム配列を用いた分類推定法を用いた場合, 風疹ウイルスとアルファウイルスは同じ分類と推定されないこと3)など, 多くの相違点が明らかになってきた。そのため, 2018年に国際ウイルス分類委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses)は風疹ウイルスの属するRubivirus属をTogaviridae科から分離し, 新たに設けられたMatonaviridae科に分類することを決定した。なお, 新たなウイルス科の由来は, 1814年に風疹が麻疹や猩紅熱とは異なる病原体による疾患であることを明らかにしたGeorge de Maton医師の名に由来する。現在のところMatonaviridae科には風疹ウイルスのみが分類されており, 風疹ウイルスが独特の進化をしてきたことが示唆される。近年, 風疹ウイルスに近縁なウイルスの遺伝子がウミヘビから検出されており, 進化的な関係性について興味が持たれる2)

風疹ウイルスの分子疫学解析を目的として, ウイルスゲノム上のE1遺伝子の多様性に富む部分配列(739nt sequencing window)の解析を用いた遺伝子型分類が行われており, 各地域や国における風疹の流行や伝播を把握することで風疹排除状態を確認するための重要な手法の一つとなっている4)。世界保健機関(WHO)と世界各国の研究施設で組織されるGlobal Measles and Rubella Laboratory Network(GMRLN)ではRubeNSというデータベースを構築し, 風疹ウイルス遺伝子配列情報を収集して世界的な風疹ウイルスの流行状況の把握を行っている5)。WHOでは風疹ウイルスを現在13の遺伝子型に分類しているが4), 2010~2015年に検出されRubeNSに登録されたのは, 遺伝子型1E, 1G, 1Jおよび2Bウイルスに限定される(遺伝子型1aワクチン株を除く)5)。遺伝子型1Gウイルスはアフリカ大陸に限局しており, これまで日本での検出報告はない。遺伝子型1Jウイルスは, 2004年の国内流行時の主要な遺伝子型ウイルスと考えられているが, 国内では2011年に最後の報告があって以来検出されていない。世界的にも2016年を最後に遺伝子型1Jウイルスの検出報告はない。現在, 世界的に流行しているウイルスは遺伝子型1Eと2Bがほとんどを占めてきており, 遺伝子型の情報のみではウイルスの追跡が困難となってきている。日本においても2012年以降, 検出される風疹ウイルスは遺伝子型1Eあるいは2Bに限定されている(遺伝子型1aワクチン株を除く)。そのため, 現行の遺伝子型分類よりも詳細な分類が求められてきており, GMRLN内で検討がなされているところである。その試みの一つがLineageによる細分類である6)。これは通常の遺伝子型窓領域の遺伝子配列解析に加え, 地理学的な分布を統計学的に加味して細分類したもので, 遺伝子型1Eおよび2Bウイルスはそれぞれ5つと7つのLineage/Sublineageに細分類できることが提唱された。2010~2014年に日本で検出された1Eと2Bの遺伝子型について細分類を行うと, 遺伝子型1Eウイルスについて, 2010~2011年に検出された株は1E-L1(中国で多数検出されたグループ)に, 2012~2013年に検出された株は1E-L2(東南アジアで流行していると推測されるグループ)と明確に分類することが可能であった7)。また, 2010~2014年に検出された遺伝子型2Bウイルスについても2B-L1(東南アジアグループ), 2B-L2b, 2B-L2c(いずれも南アジア由来と考えられるグループ)の3つのLineage/Sublineageに分類することができる7)。今後, 検討が進められ, この分類が国際的に正式採用されることが期待される。ただし, 一つ一つの流行の追跡のためにはLineage分類でも不十分であり, 詳細な系統樹解析が必要である。

2012~2013年の国内流行を詳細に系統樹解析すると, 遺伝子型2B/Lineage 2B-L1に分類される2種類のウイルスおよび遺伝子型1E/Lineage 1E-L2の1種類のウイルスが12カ月以上継続して検出されたことが示された7)。WHOでは地域あるいは国における同一株による1年以上の流行を「土着流行(endemic transmission)」としている8)。すなわち, これらの株の流行によって日本では「土着流行」と定義される状況となったと言える。その一部のウイルスは2014年まで検出され続けたものの, 2015年以降は直接の子孫ウイルスと考えられるようなウイルスは国内で検出されていないため, これら土着流行株の伝播はすでに遮断されたものと考えられる。2015~2017年も2012~2013年の株と由来の異なると考えられる遺伝子型1Eおよび2Bウイルスが散発的もしくは小規模な流行で検出された。2018年には遺伝子型1E/Lineage 1E-L2のウイルスの一つ(Cluster 3として示した)が第25週以降, 爆発的な流行を引き起こし, 2013年以降最大の流行となっている()。2019年5月末時点で第19週まで同一のウイルスが継続的に検出されている状況である。

謝辞:風疹ウイルスの遺伝子配列解析は主に全国地方衛生研究所で実施されました。この場をお借りして感謝申し上げます。

 

参考文献
  1. Battisti AJ, et al., J Virol 86: 11078-11085, 2012
  2. Shi M, et al., Nature 556: 197-202, 2018
  3. Aiewsakun P, et al., Microbiome 6: 38, 2018
  4. WHO, WER 88: 337-343, 2013
  5. Mulders MN, et al., WER 91: 237-248, 2016
  6. Rivailler P, et al., J Gen Virol 98: 396-404, 2017
  7. Mori Y, et al., Front Microbiol 8: 1513, 2017
  8. WHO, WER 88: 89-100, 2013

 

国立感染症研究所
ウイルス第三部
 森 嘉生 坂田真史 竹田 誠

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version