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フィリピンに帰省した親族の腸チフス集積事例―岐阜県

(IASR Vol. 39 p161-162: 2018年9月号)

2018年1月, 岐阜県において渡航帰りの腸チフス患者4名の発生があったので, その概要を報告する。4名の患者は, 2017年12月~2018年1月にかけて親族間の祝事のため日本在住の複数の家族(患者含め38名)とフィリピンに滞在していた。

発生状況

2018年1月29日, 医療機関から管轄保健所に腸チフス患者1名の発生届があった(, 患者No. 1)。患者は1月13日から38~40℃の発熱の症状を呈していた。また, 同日県内の他の保健所にも腸チフス患者1名の発生届があった。この患者は高熱, 血便, バラ疹などの症状で医療機関に救急搬送されていた(, No. 2)。各保健所が調査を実施したところ, 両患者は叔父と甥の関係にあり, 2017年12月上中旬~年始にかけて親族間の祝事のためフィリピン・ダバオ市に帰省し, 現地で一部行動を共にしていたことが判明した。日本に戻ってから両患者は接触しておらず, 共通行動・共通食はなかった。患者らと同時期にフィリピンに帰国・渡航した親族36名(岐阜県15名, 他県21名)と, 渡航はしていないがこれらの親族と日本で同居している3名 (すべて岐阜県) を対象に健康調査を実施した。

調査結果

フィリピンに帰国・渡航した36名のうち10名が, 年末から調査時点までの間に発熱や下痢, 咳など何らかの症状があった。このうち5名はフィリピンで医療機関を受診しており, 入院した者もいたが治療の詳細は不明であった。渡航していない3名に症状はなかった。

岐阜県では17名について検便を実施した。糞便17検体を選択分離培地(SSおよびDHL寒天培地)に直接塗抹するとともに, セレナイト培地で増菌培養を行った。その結果, 2検体からチフス菌を疑う集落(SS寒天培地では無色中心部黒色コロニー, DHL寒天培地では無色コロニー)が検出され, 2株ともSalmonella Typhi(O9:d:-)と同定された。医療機関で分離された株についても同様の生化学性状を示した。国立感染症研究所によるファージ型別試験結果は, 4株ともDegraded Vi positive strain(DVS)であった()。なお, 検便依頼中に消化器症状により医療機関を受診した者が1名いたが, 医療機関での検査結果は陰性であった。また他県における検便結果はすべて陰性であった。

接触者検便で陽性となった2名は, 調査時点で発熱や下痢などの症状があった。1名は別家族であるがNo. 2の妹で, 年末からフィリピンに帰省していた(, No. 3)。1月5日から高熱と下痢の症状があり, フィリピンの医療機関で治療を受け解熱剤を服用していた。もう1名はNo. 1の次兄の息子で, 同様に年末からフィリピンに帰省していた(, No. 4)。1月4日から発熱および軟便の症状を呈し, フィリピンの医療機関で処方された下痢止めを服用中であった。

いずれの患者もフィリピンにおいて感染したと推定されるが感染源は特定できなかった。

対 応

1月29日届出患者2名には就業制限通知を行うとともに, 勤務先にトイレの消毒と他の社員の健康観察を依頼した。接触者に飲食業等に従事する者はおらず, 接触者の勤務先が判明するつど, 本人の了解を得て勤務先にトイレの消毒を依頼した。接触者検便により腸チフスと診断された患者2名についても就業制限通知をし, 勤務先にトイレの消毒と社員の健康観察を依頼した。家庭内の感染拡大防止策については, 日本語が通じない者もいたため, 手洗い・トイレ消毒方法を図示し, 使用する薬品も商品画像を示すなどして指導した。また, 患者については抗菌薬の服薬中止後48時間経過後に24時間以上の間隔を置いた連続3回の検便において, いずれも病原体が検出されなければ治癒届を提出されるよう主治医に依頼した。3月26日に最後の患者の便培養結果陰性を確認し, 保健所での対応を終了した。

考 察

1月29日届出患者2名は, 届出保健所は異なっていたが居住市町村が同一のため速やかに保健所間での情報共有がなされ, 氏名の類似性に早く気づくことができた。また1名は外来治療となり, かつ初歩的な日本語が理解できたので, 当該患者を通して他の親族への連絡を比較的スムーズに行うことができた。さらに患者2名とも同一の人材派遣会社に所属しており, 同社からも多くの協力を得た。しかし接触者の多くが日中は仕事で連絡が取れず, 日本語が通じない者も多かったことから, 全員の健康調査および検便を終えるまでには時間を要した。また, 接触者に2名の小学生がおり, 学校への情報提供が必要と考えられたが, どこまで伝えるべきか判断に迷う面もあった。最終的に保護者の了解を得て, 学校側に, 病名は伏せて糞口感染する感染症の濃厚接触者であることを伝え, 結果判明まで学校トイレの清掃と対象者の給食当番の自粛を依頼した。

今回の事例は, 就労のため日本に長期滞在する外国人が, 母国の親族等を訪問する旅行VFR(Visiting Friends and Relatives)により国外感染したものと考えられた。VFR関連の輸入感染例は今後も増加する可能性があり, 海外渡航歴のある患者や保菌者を介した感染にも留意していく必要がある。

 

岐阜県可茂保健所
 高橋亜由美※1 道添尚子※2 宮 早苗 伊藤陽一郎
岐阜県東濃保健所
 藤嶋 優 佐合ゆかり 渡辺真紀子 平岡久子
岐阜県保健環境研究所
 門倉由紀子 野田万希子 亀山芳彦 小林香夫※3
 (※1現岐阜県保健医療課, ※2現岐阜県関保健所, ※3現岐阜県関保健所郡上センター)

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