国立感染症研究所

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漬物石による外傷後に発症し膿汁より破傷風菌が分離された破傷風の一例

(IASR Vol. 36 p. 113-114: 2015年6月号)

破傷風は偏性嫌気性のグラム陽性桿菌であるClostridium tetani の感染により強直性痙攣を中心としたさまざまな神経症状をきたす疾患である。今回、我々は患者の創部培養から毒素産生性のC. tetani を同定し、破傷風の確定診断に至った症例を経験したので報告する。

症例:86歳男性
主訴:食事摂取不良

現病歴:受診前日からあごのこわばりを自覚。受診当日朝からの食事摂取不良のため受診。受診1週間前に右第4指を漬物石で挟み放置していたという病歴から破傷風を疑われ緊急入院となった。

既往歴:肺結核(40代)、胃がん、高血圧

入院時の身体所見:意識清明、歩行可能、血圧183/90 mmHg、脈拍86回/分、酸素飽和度97%(室内気)、呼吸回数12回/分、体温36.6℃、開口2横指程度、項部硬直あり、呼吸音左右差なし、ラ音なし、右第4指に発赤腫脹あり

入院時検査所見:CPK 232 IU/L、白血球7,200/μL、CRP 0.08 mg/dL、頭部CTに異常所見なし、右第4指末節骨遠位端にレントゲンで骨折線あり

臨床経過:受傷歴と臨床所見から破傷風2期と診断。抗破傷風ヒト免疫グロブリン4,500単位を静注し、沈降破傷風トキソイド0.5 mLを筋注、ペニシリンG400万単位6時間ごとの静脈内投与を開始。右第4指を切開排膿し、洗浄した。同部からの膿における培養検査でC. tetani が分離同定され、破傷風の確定診断を得た。入院3日目に呼吸困難、後弓反張を生じたため、ミダゾラム、硫酸マグネシウムの持続静脈内投与を開始、気管挿管下での人工呼吸管理を行い、入院18日目に気管切開した。以後、開口障害や頸部、四肢の硬直もしだいに改善し、歩行可能となったが、嚥下障害が残存したため入院38日目に転院し、リハビリテーションを継続する方針となった。

微生物学的検査:膿検体をクックドミート培地で増菌培養するとともに、変法GAM寒天培地(日水製薬)、ブルセラHK/RS寒天培地(極東製薬)、5%羊血液寒天培地(日本BD)に塗布し、嫌気的条件で培養を行った。48時間培養後、変法GAM寒天培地上に遊走性のコロニーを検出し、グラム染色で確認したところ、端在性の芽胞を有するグラム陽性桿菌が含まれていた。このコロニーから上述の培地で2回純培養化を試み、最終的に純培養できた菌を質量分析装置によって解析したところ、C. tetani と同定された。同時に行われた、嫌気性菌用同定キットRap ID ANAⅡ使用による検査においても、C. tetani という同定結果であった。純培養した本菌の芽胞染色所見()を示す。分離されたC. tetani 菌株の毒素産生性の検討は、行政検査で行われた。分離菌株をクックドミート培地で培養し、その上清についてマウスを使った破傷風毒素原性試験を行ったところ、破傷風毒素が検出された。さらに本分離菌株より抽出したDNAを用いたPCR検査により、破傷風毒素遺伝子が検出された。

本症例は糠床を扱っていた際の漬物石による外傷が感染経路として疑われたため、この時扱っていた「糠味噌」を入手し、破傷風菌の分離が試みられたが、検出には至らなかった。

考 察
破傷風は、創傷部位から芽胞として体内に侵入後発芽したC. tetani (破傷風菌)が産生する神経毒素(破傷風毒素)により、数日~数週間の潜伏期を経て開口障害、嚥下障害から後弓反張などの全身症状へ移行する疾患である。熱や酸素に強い芽胞は広く土壌中に常在するといわれているが、本症例では屋内での受傷(漬物石)による感染の可能性が示唆された。

破傷風患者はワクチン接種を受けていない世代である高齢者に多い上、高齢者の死亡率が高いことから、汚染創を有する高齢者あるいはワクチン未接種者の開口障害、項部硬直症例では破傷風を積極的に疑い、迅速に治療を開始することが重要である。

破傷風菌は好気環境で死滅することや、臨床診断に基づき培養検体採取前に抗菌薬投与が行われることが多いため、菌の分離培養は困難といわれている。本症例では抗菌薬開始前の創部膿の採取により破傷風菌の同定ができ、確定診断に至ったことが、その後の治療方針の決定、迅速な回復につながったと考える。

聖マリアンナ医科大学病院
 救命救急センター 柳井真知
 感染制御部 竹村 弘 高木妙子 國島広之
 臨床検査部 大柳忠智 積田奈津希

 

 

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