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生後11か月の乳児に発症した乳児ボツリヌス症の1例

(IASR Vol. 39 p180: 2018年10月号)

緒 言

蜂蜜摂取が原因とされる乳児ボツリヌス症例は, 1987年の厚生省(当時)の通知1) 後は, 1989年の2症例を最後に認められなくなったが, 2017年東京都の乳児ボツリヌス症例2)は,蜂蜜摂取が原因と推定された。そこで, あらためて, 1歳未満の乳児には蜂蜜を食べさせないように2017年4月に厚生労働省より事務連絡がなされた3,4)。今回, 11か月乳児における, 全身の筋力低下, 眼瞼下垂, 嚥下障害, 頑固な便秘を症状とした, 乳児ボツリヌス症例について報告する。

症 例

主 訴:活気低下

現病歴:11か月の男児。2017年, 突然, はいはいをしなくなり, 第1病日, 活気低下を認め, 第3病日より, 活気低下が進行した。第4病日, 弱い啼泣, 無表情, 筋緊張低下を認め, 前医入院となった。第7病日, 経口摂取不良となり, 近位筋優位の筋力・筋トーヌス低下は進行し, 眼瞼下垂が出現し, 第14病日に当科に入院した。

周産期歴, 発達歴, 既往歴, 家族歴:特記事項なし

生活歴:蜂蜜摂取歴なし

入院時現症:体温36.6℃, 血圧94/55 mmHg, 心拍数120/min, 呼吸数26/min, SpO2 98%(room air), 活気は低下, 頸部リンパ節の腫脹なし, 胸腹部異常なし, 発疹なし, 姿勢は臥位, 寝返り不可, 両側眼瞼下垂あり, 眼球運動制限なし, 眼振なし, 瞳孔径4mm/4mm, 対光反射両側迅速, 咽頭反射減弱, 舌萎縮なし, 舌線維束性収縮なし, 筋緊張低下, 筋力:頸部, 下肢は抗重力運動不可, 上肢は抗重力運動可能。感覚:痛覚に対し左右逃避反応あり, 反射:膝蓋腱反射 左右正常, バビンスキー徴候陽性, 排尿, 排便あり。

検査所見:血算, 生化学検査, 血液ガス, 新生児代謝スクリーニング, 髄液細胞数, 蛋白, 血液・髄液の乳酸・ピルビン酸, 尿中有機酸分析, 頭部MRI検査で有意な所見はみられなかった。

経 過:経口摂取が困難のため, 経鼻胃管による経管栄養を開始した。入院後, 便秘は顕著となり, 浣腸を実施しても排便はごくわずかであった。自発呼吸は良好であり, 人工呼吸管理は必要とせず, 筋力低下の進行はなかった。筋力低下の鑑別に重症筋無力症を挙げ, テンシロンテストを実施したが陰性であった。骨格筋, 自律神経ともに症状を認めていることからアセチルコリン作動性の神経遮断による症状と考え, 乳児ボツリヌス症を疑った。中部保健所由布保健部に, 血清検体および糞便検体を提出し, 国立感染症研究所で行政検査が行われた。第29病日に, 第22病日採取の便からボツリヌス毒素が検出されたとの報告があり, 乳児ボツリヌス症と診断された。診断の時点で, 対症療法のみで四肢は抗重力運動可能となり, 開眼も半分程できるなど, 改善傾向が認められた。第34病日, 眼瞼下垂は消失し, その後に経口摂取が可能となった。第36病日頃より, 頸定, つかまり立ち可能となり, その後, 四肢の筋力は改善し, 独座, つかまり立ち可能と軽快し, 第45病日に退院した。その後は外来にて経過を観察しているが, 第102病日の時点で運動麻痺などの後遺症は認めていない。

細菌学的検査の概要

第22病日に採取した糞便検体において, マウス試験によりボツリヌス毒素が検出された。同糞便検体からは, A型ボツリヌス毒素産生菌が分離された。一方, 第24病日に採血された血清において, マウス試験でボツリヌス毒素は検出されなかった。

考 察

蜂蜜摂取歴のない乳児ボツリヌス症を経験した。1990年以降, 本症例発症時までに, 本症例を含む25例の乳児ボツリヌス症例が報告された。そのうち, 蜂蜜摂取が感染源と推定されたのは2017年東京都での症例1例のみであり, そのほかの24例はすべて患児周囲環境からボツリヌス芽胞を獲得したと考えられた。また, 乳児ボツリヌス症の発症月齢は, 本症例も含め, 3例が11か月時に発症している。蜂蜜摂取歴を確認することは重要であるが, 感染源・感染経路が不明の症例がほとんどであることから, 眼瞼下垂や便秘を伴う急速な筋力低下を認める乳児では, 1歳に近い月齢においてもボツリヌス症を疑い, 保健所に細菌学的検査を行政検査として依頼する必要性を再認識した。

 

参 考

 

大分大学小児科
 小林 修 岡成和夫 前田知己 井原健二
国立感染症研究所細菌第二部
 岩城正昭 加藤はる

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan