国立感染症研究所

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インドネシア出張中に麻疹脳炎を発症した成人男性の一例

(IASR Vol. 38 p.104-105: 2017年5月号)

2015年3月に日本は麻疹排除状態に至り, 麻疹は輸入感染症としての側面を持つようになった。流行国へ渡航することが多い20~40代の若年者の大部分は麻しん含有ワクチンの接種は1回で終了しており, 2回接種へのキャッチアップはほぼなされていない1)。いまや麻疹の罹患者は半数以上が20歳以上の成人となっているが, 成人における肺炎, 脳炎などの重篤な合併症の頻度は小児全体と比して高い2,3)

 このたび我々は, インドネシア滞在中に発熱と全身の発疹, 意識障害を発症し, 麻疹脳炎と診断され, 日本に搬送された1例を経験した。東南アジアなどへ赴任, 出張の際に輸入感染症としての麻疹を考慮に入れ, 適切な予防を行うことの重要さを示唆する症例でもあり, 本症例を提示する。

症 例

生来健康な36歳男性, 2016年8月中旬より中期出張のためジャカルタに滞在していた。渡航前は会社から推奨のあったA型肝炎ウイルスワクチン, B型肝炎ウイルスワクチン, 日本脳炎ワクチンの接種を確認した。

9月上旬に顔面の腫脹, 2日後より高熱と全身の発疹, 意識レベルの低下を認め, 現地病院に緊急入院となり, 気管内挿管, 人工呼吸器管理となった。重症敗血症としてメロペネムで加療を開始されたが, 髄液細胞数9/μL(好中球 1/μL, リンパ球8/μL), 糖98.2 mg/dL, 蛋白318 mg/dLと著明な蛋白増加もあり, 入院4日目にシンガポールへ移送された。移送後にも全身性強直性痙攣発作があり, 咽頭ぬぐい液の麻疹ウイルス抗原陽性、血清中麻疹ウイルスIgM 抗体陽性より麻疹脳炎と診断された(”咽頭ぬぐい液の麻疹抗原陽性, 髄液麻疹IgM抗体陽性より麻疹脳炎と診断された”から改訂)。脳波でびまん性に徐波傾向を認め, 抗けいれん薬内服を開始された。前医入院11日目には抜管, 全身状態安定したため, 発症26日後に帰国し, 当院入院となった。

来院時, バイタルサインには異常なく, 意識清明であったが, カーテン徴候陽性, 挺舌時左側偏位, 著明な嗄声と嚥下障害があり, 麻疹脳炎の後遺症と考えられた。入院後は胃管栄養とリハビリテーション介入を行い, 嚥下機能改善を認め, 当院退院までに常食の摂食が可能となった。入院時に施行した咽頭ぬぐい液の麻疹real-time PCR(発症26日後)で麻疹ウイルスが検出されたため, 空気感染予防策を実施した。その後の遺伝子シークエンスで遺伝子型D8と判定された。発症から60日後の咽頭ぬぐい液で麻疹PCR陰性を確認し, 発症から68日後に退院となった。当院入院後に痙攣発作を認めず, 脳波が正常であることを確認し, 抗けいれん薬を漸減した。

考 察

麻疹の原因ウイルスである麻疹ウイルスはParamyxovirus科Morbillivirus属に属し, ヒトからヒトへの空気感染, 飛沫感染, 接触感染など様々な感染経路で感染し, 感染力は非常に高い。潜伏期は10~12日であり, 特異的治療法はなく対症療法が中心となることから, ワクチンによる予防が重要となる。麻疹の主な合併症は肺炎, 脳炎, 中耳炎であり, 麻疹の合併症で死亡する場合の多くは, 肺炎と脳炎が原因で脳炎は比較的成人に発症する。脳炎は0.1~0.2%の確率で合併し, 症状は発熱, 頭痛, 嘔吐, 意識障害, 痙攣などである3)

昨今, 関西空港や関東における散発例が生じ, メディアを通じてその発生が大きく取り上げられたが, それ以前も2014年に比較的規模の大きい麻疹の流行を認めた。遺伝子型や流行早期にフィリピン渡航歴のある症例が報告されており, 輸入感染症として日本に入り流行に至ったと考えられている。麻疹の発生数は基本的には麻しん含有ワクチンの接種率によって変化すると考えられるが, インドネシア, フィリピン, ラオス, ミャンマーなどの国では比較的接種率が低く, 世界的にも東南アジア, 西太平洋地域で発生報告数が多い4)

企業などにおける海外出張・赴任者へのワクチン接種の多くは, 厚生労働省検疫所のWebサイト5)を参照して推奨が決められている。2016年9月16日以降, 同ページには麻しん含有ワクチン接種推奨の記載がされるようになり, ワクチンを接種する医療機関側も, 輸入感染症としての麻疹を意識し, 予防方法を提供することが必要であり, 麻疹の予防以外にも目を向ける必要がある。20~40代の若年者におけるワクチンで予防可能な感染症の自然流行の減少に合わせて, 2013年に流行を来しワクチン未接種者の多い風疹, 感染力が高く成人で重症化するリスクの高い水痘に対するキャッチアップ接種を提供していくことが望まれる。

結 語

麻疹は成人において合併症の頻度が高く, 本症例のように重篤な経過を辿る。発症および重症合併症はワクチンで減らすことが可能であり, 特に東南アジアなど麻疹流行が多いことが予測される国に渡航する際には麻しんワクチン接種歴の確認と未接種あるいは1回接種の者への2回目の麻しん含有ワクチン接種を行うことが重要であると考えられた。

 

引用文献
  1. 年齢/年齢群別の麻疹予防接種状況, 2015年, 感染症流行予測調査, 国立感染症研究所
    http://www.nih.go.jp/niid/ja/y-graphs/6416-measles-yosoku-vaccine2015.html
  2. Barkin RM, Am J Dis Child 129: 307-309, 1975
  3. Walter AO, J Infect Dis 189(Supplement_1): S4-S16, 2004
  4. Measles containing vaccine 1st dose(MCV1)immunization coverage 2015, WHO
    http://gamapserver.who.int/gho/interactive_charts/immunization/mcv/atlas.html
  5. 海外渡航のためのワクチン 平成28年9月更新, 厚生労働省検疫所
    http://www.forth.go.jp/useful/vaccination.html

 

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