国立感染症研究所

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集中治療を要した麻疹脳炎の一例

(IASR Vol. 39 p145-146: 2018年8月号)

日本における麻疹は, 近年, 年間200例ほどであるが, 2015年3月に世界保健機関(WHO)西太平洋地域麻疹排除認定員会より麻疹排除状態の認定を受けてからは, 原則的に全症例が渡航者もしくは渡航者との接触からの感染であったと考えられている。2018年3月には台湾人男性観光客を発端とする沖縄県における麻疹のアウトブレイクが発生し, 同期間に沖縄旅行から帰宅した愛知県の学生への感染を契機に愛知県内でも患者の報告が相次いだ。今回, このアウトブレイク中に麻疹罹患後に急性脳炎を発症し集中治療を要した成人男性を経験したのでその経過について報告する。

症 例

生来健康な30代日本人男性, 麻疹の予防接種歴は過去の記録では2歳頃の1回接種のみであった。

現病歴

2018年5月12日に気道症状と下痢, 関節痛が出現。5月17日より全身の皮疹と結膜炎も出現したため総合病院を受診した。症状から麻疹を疑われたため愛知県衛生研究所でPCR検査を施行したところ, 陽性と診断され, 自宅療養を行っていた。しかし5月20日に発熱と倦怠感の増悪があり当院の救急外来を受診, 胸部レントゲン写真で左上葉に浸潤影を認めたため緊急入院となった。既往歴に特記すべきことはなく, 海外国内ともに旅行歴はない。麻疹患者との接触も全くないということであった。

入院時現症

体温39.5℃, 血圧117/55 mmHg, 脈拍93 bpm, SpO2 97%(室内気), 呼吸数24回/分。意識清明。右臼歯外側の粘膜にKoplik斑を認め, 頚部, 胸腹部, 前腕に散在する小丘疹を認めた。胸部聴診上, 左上肺に吸気喘鳴聴取し, 腹部は平坦かつ軟で圧痛は認めなかった。神経学的所見も明らかなものは認められなかった。

入院後経過

麻疹からの肺炎と診断し, 入院陰圧個室管理のもとで細菌性肺炎の合併を考慮しセフトリアキソンによる治療を開始した。しかし5月21日になり全身性の散在する小丘疹はさらに拡大し, 会話を含め意思疎通が困難となり, JCSII-20まで低下した。その時点で開眼しているが応答は不良であり, 脳幹反射および腱反射は保たれていたが, 四肢の筋力は指示が入らず評価困難であった。直ちに行った髄液検査では混濁が強く, 初圧270 mmH2O, 細胞数1,858/μL(単核球75%), 蛋白240 mg/dLと著明な上昇を認め, 糖は35 mg/dLと軽度低下していた。髄液グラム染色および培養はともに陰性であった。頭部MRIでは脳梁膨大部にDWIで高信号, ADC低信号のMERS様の所見があり, 造影FLAIRではpia-subarachnoid patternの造影効果を示していた。経過から麻疹脳炎を疑い集中治療室管理の上で, メチルプレドニゾロンパルス療法, グリセリン製剤などの投与を開始したが, さらなる意識低下を認め, 5月22日に挿管, 人工呼吸管理を開始し, 免疫グロブリンの経静脈的投与(IVIG)およびビタミンA大量投与を追加した。5月28日になりメチルプレドニゾロンは漸減し, その後グリセリン製剤および抗菌薬も終了した。髄液の再検では色調含め改善していたが, 再検の頭部MRIでは両側の白質のT2WIでの高信号領域が増加していた。意識レベルはやや改善し, 開眼して追視も可能となったが, 四肢は完全麻痺で腱反射は消失していた。経過から急性散在性脳脊髄炎 (ADEM) および, Guillain-Barré症候群に類似した病態が疑われ, 6月1日にIVIG大量療法を開始し, ICUを退室した。1回目の髄液検査における麻疹IgMが1.6と陽性であり, 麻疹脳炎と診断がつき, 1週間後の2回目の髄液検査では0.8と陰性化していた。

考察・結語

麻疹は空気感染を起こす疾患であり, 極めて感染力が強い。WHOの報告では死亡者数は年間89,780人(2016年)であり, ワクチンの普及により2000年と比較して84%の減少とされるが, いまだ世界的な排除には至っていない1)

麻疹脳炎は麻疹患者の約0.1%に合併し, 20~50%には何らかの中枢神経系後遺症が残存し, 致命率は約10~20%と高い。成人麻疹では0.5%前後に脳炎を合併すると報告されており, 小児の合併率に比較し, やや高いことが知られている2)。その治療には確立された方法はなく, ステロイド投与, ガンマグロブリン製剤, 脳圧降下薬などを使用する報告があるが, いずれも有効性は確立されていない3)。ビタミンA大量療法が小児領域において致命率低下, 失明などの合併症を減少するとされ, 成人麻疹脳炎に対しても有効であったという報告4)もあり, 本症例でも使用した。

今回の麻疹例も沖縄における輸入例が発端となったアウトブレイク中の発症であった。愛知県における麻疹のアウトブレイクはすでに24例が報告されており, 本症例を含めそのほとんどはワクチン2回接種をしていなかった。また, 本症例は詳細な問診でも全く他の患者との接触は認められなかった。しかし, 愛知県衛生研究所のPCR検査ではD8型であり, アウトブレイクの麻疹と同じ遺伝子型であったため, 麻疹の強力な感染力とともにワクチン2回接種の重要性が改めて浮き彫りとなる形であった。

本症例は2018年の麻疹のアウトブレイクによる脳炎患者であり, 国内発症の成人麻疹脳炎は稀であるため報告した。

 

参考文献
  1. WHO measles(Accessed on 2018/06/15)
    http://www.who.int/immunization/diseases/measles/en/
  2. ICUとCCU 28(12): 59-64, 2004
  3. 臨床と微生物 35(1): 37-39, 2008
  4. Emerg Infect Dis 18(9): 1537-1539, 2012

 

公立陶生病院神経内科
 加納裕也 水谷佳祐 荒川いつみ  小栗卓也 加藤秀紀 湯浅浩之
公立陶生病院感染症内科
 武藤義和

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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