国立感染症研究所

ラッサ熱のリスクアセスメント

2016年6月13日
国立感染症研究所

背景

ラッサ熱は、エボラ出血熱、マールブルグ病、クリミア・コンゴ出血熱とともに、ウイルス性出血熱の一疾患として感染症法上の一類感染症に分類される。自然宿主は西アフリカ一帯に生息する齧歯類の一種であるマストミスである。マストミスが生息するナイジェリアからシエラレオネ、ギニアに至る西アフリカ一帯が流行地域であり、年間10-30万人の感染者がいると推計されている1)。特にシエラレオネにおける罹患率は世界で最も高いとされる2)。1987年に行われた、シエラレオネの村落15 箇所における調査では抗体保有率は8~52%であった。抗体保有率は農村型村落で高くなる傾向があり、抗体保有率は年齢と共に上昇し、50歳代でピークに達していた。マストミスのウイルス保有率も村落により異なり0~80%であった3)。マストミスの生息状態、ヒトでの感染率からみて、ラッサ熱は西アフリカ一帯の日常生活に密着した風土病とも言える。

疫学情報

流行地 (西アフリカ)の現在の状況

  • 西アフリカでのラッサ熱は通常、12月~翌年3月に流行する。今年は、流行の時期が長く、より多くの症例や死亡例が報告されている。ナイジェリアでは、2015年8月から2016年5月までに、疑い症例を含めて273例(うち死亡例149例、致命率55%、以下同様)が報告されている4)。2015年11月以降、ベナン82例(54例、34%)、トーゴ2例(なし)、リベリア10例(3例、30%)、シエラレオネ2例(なし)が報告されている5)
  • ナイジェリアでは3月~4月に、これまでラッサ熱の報告のなかった州にも拡大し、36州のうち23州から症例の報告がある5)。但し現在は、新規の報告数は減少傾向にある。
  • 今年の流行については、実際に例年に比べ患者数が増加していると考えられるが、2014-2016年の西アフリカにおけるエボラ出血熱(エボラウイルス病)流行を経験したことにより、西アフリカの国々でアウトブレイクを探知する能力が向上したことも、報告数の増加に関連している可能性がある。なお、今年のラッサ熱アウトブレイクにおける致命率が、これまでの流行時のそれよりも高くなっている理由は分からない。
  • トーゴでは、これまでラッサ熱の患者報告はなかった。自然宿主であるマストミスの生息地域の拡大により流行地もそれに合わせて広がっている可能性も指摘されている6)

流行地以外での発生状況

  • 2000年以降では、シエラレオネ、ナイジェリア、リベリア、マリなどでラッサウイルスに感染し、非流行国に移動後に発症した、いわゆる輸入症例がドイツ、英国、オランダ、米国、スウェーデンで報告されており、合計で10例を超えている。
  • 2016年3月、輸入症例からの二次感染例がドイツで報告された7)。流行地であるアフリカ以外での初めてのヒトからヒトへの感染事例である。輸入例はトーゴで発症し、トーゴから搬送された医療従事者であり、後にラッサ熱と診断された。当該輸入例が死亡した際の埋葬に携わった者が遺体から感染したと考えられている。この患者は回復し、接触者のフォローアップでも新たな二次感染例は認められなかった8)
  • 2016年4月には、スウェーデンでリベリアからの輸入症例が報告された9)
  • 上記のように、ヨーロッパ等の非流行地でラッサ熱の輸入症例は報告されているが、それらの症例を発端にラッサ熱が流行した事例はない。

病原体

ラッサウイルスはアレナウイルス科アレナウイルス属に分類される1 本鎖RNA とエンベロープを持つウイルスである。アフリカにおいてヒトに出血熱を起こすアレナウイルス科アレナウイルス属のウイルスには、ラッサウイルスの他に、最近ザンビアで発生した出血熱患者から分離されたルジョウイルスがある。ラッサウイルスの宿主は中央〜西アフリカに分布する齧歯類(マストミス;Mastomys natalensis)である。ラッサウイルスはBSL(バイオセーフティーレベル)4 病原体に分類され、感染性のラッサウイルスを取り扱うためにはBSL4施設が必要となる。

感染経路

ラッサウイルスを保有するマストミスの糞や尿に汚染された環境や物品への直接接触、汚染された食品の摂取等で感染の危険が生じる。また、ヒトからヒトへの感染は、患者の血液、体液や排泄物への接触による。体液の感染性については、尿で32日以下、精液で3か月以下としている成書もある10)11) 。呼吸器症状を伴うことが多いが、飛沫感染や空気感染によるヒト-ヒト感染は起こらないとされている。アフリカ流行地では医療従事者が適切に個人防護具を使用していなかった場合や、汚染された医療器具などを介してラッサウイルスに感染することがあり、院内感染の原因となる。

臨床症状

潜伏期間は2〜21日12)(通常5~21日)である。全身倦怠感、発熱、頭痛、咽頭炎症状、咳、嘔気・嘔吐、下痢、筋肉痛、胸背部痛、腹痛などを伴って発症する。持続性または間歇性の発熱を認め、通常、咽頭や結膜の炎症も伴っている。ラッサウイルス感染者の約80%は、軽症か無症状であるとされるが10)、入院患者の致命率は15~20%と報告されている10~12)。初期症状は上気道炎等の症状と区別するのは困難であることから、渡航歴に加え、現地での曝露歴を適切に聴取し、ラッサ熱等のウイルス性出血熱を鑑別診断に挙げることが重要である。

国内侵入に関するリスク

  • 西アフリカ一帯のラッサ熱の流行地に渡航し、ウイルスに汚染された食品、環境や患者の体液からラッサウイルスに感染し、日本国内でラッサ熱を発症する可能性がある。特に農村地域への渡航者でリスクが高いと考えられる。
  • 流行地における年間感染者数は一類感染症に指定されている5種類のウイルス性出血熱の中で最も多く、非流行地における輸入症例も最多である。
  • 日本においても、1987年3月、シエラレオネ滞在歴のある日本人男性が、日本帰国後に発症し、ラッサ熱と確定診断された事例がある13)。当該事例からの二次感染例は確認されていない14)
  • 非流行地で発症する、いわゆる輸入感染事例は、世界中で断続的に報告されており、可能性は低いながらも、日本国内で輸入症例が発生するリスクは引き続き存在する。
  • 昨今の流行地からヨーロッパへの断続的な輸入症例の報告を鑑みるに、現時点で特別な対策を要さないものの、引き続き検疫による注意喚起を行うなど、平時の警戒態勢を維持することが適当と考えられる。注意を喚起するにあたっては、特定の国ではなく西アフリカ諸国が広くリスク地域であることを考慮する。

国内での感染リスク

  • ラッサ熱患者の初期症状は、一般のウイルス性上気道炎の症状に類似するため、発症初期にこれらを臨床的に区別することは困難である。よって、平時から標準予防策を適切に行っていないと、ラッサ熱の輸入例が発生した場合、確定診断前に院内感染等により二次感染が起こり得る。ラッサ熱を疑った時点で、管轄保健所に連絡をとり、患者を適切に隔離・治療し、接触感染予防対策を徹底する。当該自治体は、厚生労働省及び国立感染症研究所等の専門家と十分に相談した上で、検査実施及び疑似症患者対応の必要性等を判断する。

参考文献

  1. Lassa Fever, CDC. 2015 June; http://www.cdc.gov/vhf/lassa/
  2. Schaffer JG et al. Lassa Fever in Post-Conflict Sierra Leone. PLoS Negl Trop Dis. 2014 Mar 20;8(3):e2748.
  3. McCormick JB et al. A prospective study of the epidemiology and ecology of Lassa fever. J Infect Dis. 1987 Mar; 155(3) 437-44.
  4. Lassa Fever – Nigeria, WHO. 2016 May 27. http://www.who.int/csr/don/27-may-2016-lassa-fever-nigeria/en/
  5. Epidemic focus: The year of the rat? An unusual year for Lassa fever, WHO. 2016 May. http://www.who.int/csr/disease/epidemic-focus/lassa-fever/en/
  6. Rapid Risk Assessment: Lassa Fever in Nigeria, Benin, Togo, Germany and USA. ECDC. 2016 Mar. http://ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/RRA-Lassa-fever-Germany-march-2016.pdf
  7. Lassa Fever – Germany, WHO. 2016 Mar. http://www.who.int/csr/don/23-march-2016-lassa-fever-germany/en/
  8. Lassa Fever – Germany, WHO. 2016 Apr. http://www.who.int/csr/don/27-april-2016-lassa-fever-germany/en/
  9. Lassa Fever – Sweden, WHO. 2016 Apr. http://www.who.int/csr/don/8-april-2016-lassa-fever-sweden/en/
  10. The Management of Viral Haemorrhagic Fevers in Ireland, 2012 Nov.http://www.hpsc.ie/A-Z/Vectorborne/ViralHaemorrhagicFever/Guidance/File,12936,en.pdf#search='%2810%29+The+Management+of+Viral+Hemorrhagic+Fevers+in+Ireland%2C+2012+Nov.'
  11. Control of Communicable Diseases Manual 20th Ed. American Public Health Associaion. 2015.
  12. Fact Sheet: Lassa Fever, WHO. 2016 Mar. http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs179/en/
  13. ラッサ熱とは:国立感染症研究所http://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/344-lassa-intro.html
  14. Hirabayashi Y et al. An imported case of Lassa fever with late appearance of polyserositis. J Infect Dis. 1988 Oct;158(4):872-5.

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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