国立感染症研究所

黄熱のリスクアセスメント

2017年2月7日

国立感染症研究所

2016年末よりブラジル連邦共和国(以下、ブラジル)での黄熱流行をうけ、リスクアセスメントを更新した。今後、状況の変化に応じて、随時更新する予定である。

▢ 背景

 黄熱は、黄熱ウイルス(フラビウイルス科フラビウイルス属)による感染症であり、感染症法上は、4類感染症に分類される。宿主はヒトとヒト以外の霊長類(サル)である。媒介動物でありまた保有宿主でもある蚊に刺されることにより感染する。ヒトへの感染は、主にAedes属の蚊の刺咬による。蚊の生息域に従い、アフリカでは北緯15度から南緯15度の熱帯地方、南アメリカでは北はパナマから南緯15度の熱帯地方で、流行が見られる1)。同地域において、9億人が感染リスクにさらされていると推測されている。WHOの試算では、年間84,000~170,000人の患者が発生し、最大で死者が60,000人に及ぶとされている2)。黄熱の正確な患者数は不明であるが、2013年にアフリカで13万人の患者が発生し、78,000人が死亡したとする試算もある3)

黄熱ウイルスは、①熱帯雨林(森林)型サイクル、②都市型サイクル、③中間(サバンナ)型サイクルの3つの生活環で自然界において維持されている4)。熱帯雨林(森林)型サイクルは、森林内での、主にヒト以外の霊長類と蚊の間での伝播であり、アフリカではAedes africanus、南アメリカではHaemagogus属およびSabethes属の蚊が媒介する。都市型サイクルは、ヒトと蚊の間での伝播で、いずれの地域でもネッタイシマカ(Aedes aegypti)が媒介蚊として知られている。中間(サバンナ)型サイクルはアフリカのジャングルの周辺境界部でみられ、ヒト-蚊-ヒト以外の霊長類の間での感染環で維持されている。いずれも蚊を媒介して感染が成立する。基本的に、ヒトからヒトへの感染は成立しない。 黄熱ウイルスに感染したとしても、多くは不顕性感染である。一部の感染者が3-6日の潜伏期間ののち発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、背部痛、悪心嘔吐等の症状を呈する。発症した患者の15%が重症化し、数時間から一日程度の寛解期を経て、高熱が再燃し、黄疸や出血傾向などを来たし、ショックや多臓器不全に至る。重症化した場合の致命率は20~50%と高い。また、特異的な治療法はなく、対症療法が中心となる。

一方、予防には黄熱ワクチン接種が有効である。日本国内で使用されている17D-204株由来黄熱ワクチンの有効性は高く、接種後10日後には90%の接種者で、接種後14日には、ほぼ100%の接種者で中和抗体が誘導される5)。黄熱ワクチンの安全性は高いとされているが、生後9ヶ月未満の小児,卵・鶏肉・ゼラチン・ゴム製品に対して重篤なアレルギーのある者や重度の免疫不全を有する者には、接種禁忌である。また、60歳以上の人では接種後の副反応のリスクが増すため、注意が必要である。黄熱ワクチンについては、2016年7月に国際保健規則(International Health Regulations)の改定がなされ、1回のワクチン接種による有効期間が10年から一生涯に変更された6)7)

 このように重篤化する可能性のある黄熱は、予防接種により予防可能な疾患であることから、黄熱ウイルスに感染するリスクのある国・地域(黄熱リスク国)の中には、入国に際し、黄熱予防接種証明書(イエローカード)の提示を義務づけている国がある。こうした国に入国する際は、入国10日前までに黄熱の予防接種を受けていることが必要である。提示が義務づけられていない黄熱リスク国に入国する場合でも、事前の予防接種を行うことが推奨されている。なお、日本では、検疫所及び特定の医療機関でのみ黄熱予防接種を受けることができる。

▢ 疫学情報と対応

リスク国・地域での状況

●南アメリカ

   南アメリカでは、2016年はペルー、コロンビア、ブラジルの3か国から黄熱確定例が報告されている8)

   ブラジルにおいて、2016年12月1日から2017年2月2日の間に、151例の黄熱確定例(死亡例54例、疑い例の死亡例86例を含む)、および708例の疑い例が、5つの州(Bahia、Espirito Santo、Minas Gerais、São Paulo、Tocantins)より報告された(2017年2月2日現在)9) 。報告数の最も多いMinas Gerais 州では、134例の確定例と668例の疑い例が報告されている。2013年時点でのWHOの公表には、BahiaとEspirito Santo州は、黄熱感染リスクのある地域には含まれていないが、今回新たにこれらの地域で黄熱症例が報告された8)。これに伴い、汎米保健機構(PAHO)は、Bahia州の南部と南西部の行政地区、Espírito Santo State州のVitoriaの都市部を除く全地区、Rio de Janeiro州のMinas Gerais 州とEspirito Santo州に隣接する北部の行政地区を、黄熱感染リスクのある地域に新たに加え(http://www.who.int/csr/don/27-january-2017-yellow-fever-risk-map-brazil.png?ua=1)、渡航者等へのワクチン接種を推奨している8) 。ブラジル保健省は、定期供給の65万回分のワクチンに加え、Minas Gerais州(240万回分)、 Espírito Santo州(100万回分)、Bahia州 (40万回分)、Rio de Janeiro 州(35万回分)にワクチンの追加供給を行い、対策を強化している10)。なお、2010年以降のブラジルでの年あたり黄熱確定例の報告数は、2010〜2014年は0〜2例であったが、2015年は9例であった11)-15)

●アフリカ

  2015年12月よりアンゴラ共和国(以下、アンゴラ)で黄熱が流行した。2015年12月5日から2016年10月20日の間に、アンゴラ国内にて、377例の死亡を含む4,347例の疑い例が発生し、そのうち884例は検査で診断が確定された例であった16) 。黄熱流行の発生を受け、大規模なワクチン接種キャンペーン等が実施された。2016年12月23日、アンゴラ保健省により、アンゴラの黄熱流行の終息が宣言された17)

  2016年1月よりコンゴ民主共和国でも、黄熱が流行した。2016年1月1日から2016年10月26日の間に、78例の検査で黄熱と診断が確定した例を含む、2,987例の疑い例が発生した。78例の確定例のうち、57例はアンゴラからの輸入例、21例はコンゴ民主共和国で感染した症例(その内8例は森林での感染例)であった16) 。大規模なワクチン接種キャンペーン等の対策が行われ、黄熱流行は終息した。

  アンゴラからの輸入例として、ケニア共和国で2例の患者が報告された18)

  2016年に、アフリカでは、上記以外の複数の国からも黄熱症例が報告されている18)

リスク国・地域以外での状況

   日本においては、第二次世界大戦終戦以後、輸入例を含め、黄熱の発生報告はない。

   アメリカ合衆国とヨーロッパにおいて、1970~2015年の間、計10例の海外渡航者による輸入例が報告されている。渡航先は、西アフリカが5例、南アメリカが5例であった19)

   2016年以前は、アジア、オセアニア地域では、黄熱患者発生の報告はなかった。2015-2016年のアンゴラでの黄熱流行に関連し、2016年3月13日に中国で1例目の黄熱輸入例が報告され、その後の症例を合わせて計11例の輸入例が報告された18)

▢ 国内侵入、国内発生に関するリスクおよび対応

   ワクチン未接種の者が、南アメリカやアフリカのリスク国・地域で蚊にさされることで、黄熱ウイルスに感染し、日本国内で黄熱を発症する可能性がある。ブラジルにおいては、2017年2月現在は夏季であり、蚊の発生数の増加が想定される20)。現在は、ブラジルにおける黄熱症例は主に森林地帯で報告されているものの、今後、都市部において感染サイクルが成立し都市部で黄熱が流行する懸念もある。日本人渡航者、在外邦人において、より一層の注意が必要と考える。

   黄熱ウイルスの主な媒介蚊であるネッタイシマカは、日本国内には生息していない。ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)は、2016 年時点で本州以南の地域に分布することが明らかとなっている21)。ヒトスジシマカのヒトに黄熱ウイルスを媒介する能力は、ネッタイシマカのそれよりも低いと報告されているが22)、ヒトスジシマカの媒介能については、更なる科学的検討が必要である。ただし、これまでに輸入例が報告されたアメリカ合衆国、ヨーロッパ、中国において、輸入例を発端とした黄熱流行は報告されていない。現時点では、ワクチン未接種の入国者を介して黄熱ウイルスが国内に持ち込まれることが原因となり、蚊とヒトの間で感染環が成立して黄熱が国内で流行する可能性は低いと考えられる。

   医師は、患者の渡航歴を聴取することを徹底し、関係機関は、黄熱リスク地域・国への渡航歴がある者が発熱を認めた場合には、患者に早期に医療機関を受診するように勧める。また、黄熱リスク地域・国からの帰国者が医療機関を受診する場合においては、医師に自身の渡航歴について説明することが重要である。

   現在流行が確認されているブラジルは、入国に際し、いずれの国からの渡航者においても、黄熱予防接種証明書の提示を義務づけていない23) 。しかし、現在の流行状況を鑑み、ブラジルへの渡航者は、最新の流行地域情報を参照し(http://www.forth.go.jp/topics/2017/01301436.html)、必要時、黄熱の予防接種を受けることが推奨される。また、黄熱リスク国・地域に渡航する者は、黄熱予防接種証明書の提示が義務づけられているか否かに関わらず、黄熱の予防接種を受けることが推奨される。

   黄熱の発生状況の変化にともない、流行国およびその周辺国では、黄熱に対する検疫の対応が変わる可能性があることから、渡航予定者は、渡航先の在外公館からの最新の情報に十分に注意する必要がある。

   黄熱リスク国・地域では、蚊に刺されないように、長袖、長ズボンの着用、蚊の忌避剤の利用が推奨される。


▢ 参考文献

  1. Jentes ES, et al. The revised global yellow fever risk map and recommendations for vaccination, 2010: consensus of the Informal WHO Working Group on Geographic Risk for Yellow Fever. Lancet Infect Dis. 2011 Aug;11(8):622-32.
  2. Fact Sheet: Yellow fever, WHO. Mar 2016.http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs100/en/
  3. Garske T, et al. Yellow Fever in Africa: estimating the burden of disease and impact of mass vaccination from outbreak and serological data. PLoS Med. 2014 May 6;11(5):e1001638.
  4. Monath TP. Yellow fever: an update. Lancet Infect Dis. 2001 Aug;1(1):11-20.
  5. Wisseman CL Jr, et al. Immunological Studies with Group B Arthropod-Borne Viruses. I. Broadened Neutralizing Antibody Spectrum induced by Strain 17D Yellow Fever Vaccine in Human Subjects previously infected with Japanese Encephalitis Virus. Am J Trop Med Hyg. 1962 Jul;11:550-61.
  6. Q&A on the Extension to life for yellow fever vaccination.http://www.who.int/ith/annex7-ihr.pdf?ua=1
  7. Staples JE, et al. Yellow Fever Vaccine Booster Doses: Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices, 2015. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2015 Jun 19;64(23):647-50.
  8. Epidemiological Alert: Yellow fever, PAHO/WHO. 26 January 2017.
  9. http://www.paho.org/hq/index.php?option=com_docman&task=doc_view&Itemid=270&gid=37779&lang=en

  10. Epidemiological Alert: Yellow fever, PAHO/WHO. 2 February 2017.
  11. http://www.paho.org/hq/index.php?option=com_docman&task=doc_view&Itemid=270&gid=37953&lang=en

  12. Yellow fever – Brazil. Disease outbreak news. 27 January 2017.
  13. http://www.who.int/csr/don/27-january-2017-yellow-fever-brazil/en/

  14. Yellow fever in the WHO African and American Regions, 2010.Wkly Epidemiol Rec. 2011 Aug 19;86(34):370-6.
  15. Yellow fever in Africa and South America, 2011–2012.Wkly Epidemiol Rec. 2013 Jul 12;88(28):285-96.
  16. Yellow fever in Africa and South America, 2013. Wkly Epidemiol Rec. 2014 Jul 4;89(27):297-306.
  17. Yellow fever in Africa and the Americas, 2014. Wkly Epidemiol Rec. 2015 Jun 26;90(26):323-34.
  18. Yellow fever in Africa and South America, 2015. Wkly Epidemiol Rec. 2016 Aug 12;91(32):381-8.
  19. Situation Report: Yellow fever, WHO. 28 October 2016.
  20. http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/250661/1/yellowfeversitrep28Oct16-eng.pdf?ua=1

  21. http://www.afro.who.int/pt/angola/press-materials/item/9290-angola-declara-oficialmente-fim-da-epidemia-de-febre-amarela.html
  22. Situation Report: Yellow fever, WHO. 21 July 2016.
  23. http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/246242/1/yellowfeversitrep-21Jul16-eng.pdf?ua=1

  24. CDC. Yellow Fever.
  25. http://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2016/infectious-diseases-related-to-travel/yellow-fever

  26. Campos M, et al. Seasonal population dynamics and the genetic structure of the mosquito vector Aedes aegypti in São Paulo, Brazil. Ecol Evol. 2012 Nov;2(11):2794-802.
  27. 国立感染症研究所デング熱・チクングニア熱等蚊媒介感染症の対応・対策の手引き 地方公共団体向け平成28926日改訂
  28. http://www.niid.go.jp/niid/images/epi/dengue/DENCHIKFClincGuide20160929.pdf

  29. ECDC. Rapid Risk Assessment : Outbreak of yellow fever in Angola, 24 March 2016.
  30. http://ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/yellow-fever-risk-assessment-Angola-China.pdf

  31. Annex 1 - Countries with risk of yellow fever transmission and countries requiring yellow fever vaccination: 2016 updates.
  32. http://www.who.int/ith/2016-ith-annex1.pdf?ua=1

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