国立感染症研究所

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急性脳炎 2007~2018年

(IASR Vol. 40 p93-94:2019年6月号)

急性脳炎は, 1999年4月から感染症法に基づく感染症発生動向調査の基幹定点把握疾患として, 毎週患者数が報告されてきた。2003年11月の法改正で, 新興感染症等, 不明疾患の早期把握の必要性から, 全数把握疾患に変更となった(IASR 28: 339-340, 2007)。2019年現在, 4類感染症全数把握疾患に含まれるウエストナイル脳炎, 西部ウマ脳炎, ダニ媒介脳炎, 東部ウマ脳炎, 日本脳炎, ベネズエラウマ脳炎およびリフトバレー熱を除き, 5類感染症全数把握疾患として, 診断から7日以内に管轄の保健所に届け出ることがすべての医師に義務づけられている。届出対象には, 病原体不明の急性脳炎, 同様の症状を呈する急性脳症も含まれる(以下, 急性脳炎という)。熱性けいれん, 代謝疾患, 脳血管障害, 脳腫瘍, 外傷など, 明らかに感染性とは異なるものは報告対象外である。また, 急性脳炎の全数届出が始まった当初は, インフルエンザ脳症や麻疹脳炎など, 原疾患が届出対象である場合は報告対象から除くと解釈されていたが, 2004年3月以降はこれらも届出対象となった(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-03.html参照)。

患者発生状況:2007~2018年の12年間に報告された急性脳炎は5,302人で, このうちインフルエンザ脳症が1,450人(27%)であった。病原体としては, インフルエンザ以外のウイルス1,127人(21%), 細菌87人(2%), ウイルス・細菌以外5人(0.1%)が報告され, 不明が2,633人(50%)であった(図1)。インフルエンザ脳症と同期して冬季に報告数が多い。A(H1N1)pdm09によるパンデミックインフルエンザが発生した2009年は前後数年と比較して, 報告数が多かった(520人:うちインフルエンザ脳症343人)。2011年以降, 急性脳炎の報告数は年々増加し, 最近3年間は毎年700人前後が報告されている(2016年766人, 2017年703人, 2018年681人)。 

性別年齢分布:男性2,952人, 女性2,350人で, 男性がやや多かった。1歳(922人)が最多で, 年齢中央値は5歳(四分位範囲:1~13歳)であった(図2参考))。このうち成人(20歳以上)は1,095人で, その中では60~70代が400人(37%)を占めた。 

都道府県別発生状況:最も多く報告されたのは千葉県の542人で, 東京都513人, 大阪府405人, 神奈川県335人, 埼玉県300人が続いた。最も少なかったのは島根県の8人で, 徳島県, 熊本県が各11人, 宮城県12人, 鳥取県14人が続いた。 

原因病原体の検索:2013年11月に厚生労働省健康局結核感染症課から, 感染症法に基づき医療機関から届出のあった急性脳炎のうち, 病原体不明とされた症例については可能な限り地方衛生研究所(地衛研)等において病原体を検出するための検査を実施することが依頼された。それ以降, 地衛研で積極的な病原体検索が実施されている(本号3,4&5ページ)。また, 地衛研での検査で病原体が確認されない場合または, 地衛研等での検査が困難と判断された場合, 医療機関から病原体検索の希望があれば, 厚生労働科学研究班(研究代表者:多屋馨子)で日本脳炎, ダニ媒介脳炎の検査に加えて(本号8ページ), 急性脳炎を起こすことが想定される病原体について, 網羅的な検索が実施されている。検体は, 発症早期(1週間以内)の髄液, 呼吸器由来検体, 便, 血液が特に重要となる。すぐに検査が実施できない場合は, 凍結融解を避けるために, 小分けで凍結保管しておく。急性期と回復期のペア血清で抗体価の有意上昇を確認することが原因病原体の推定に有効なこともある。 

病原体別発生状況:推定された原因病原体の種類は年齢群によって異なった (図3)。いずれの年齢群も病原体不明が最多であったが, 0~4歳群(2,621人)ではA型インフルエンザウイルスが最も多く, ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6), ロタウイルス, B型インフルエンザウイルス, RSウイルス, アデノウイルス, 単純ヘルペスウイルス(HSV), コクサッキーウイルス(CV)が続いた。5~14歳群(1,462人)ではA型インフルエンザウイルスが最多で, B型インフルエンザウイルス, インフルエンザウイルス(型不明), ロタウイルス, マイコプラズマ, ムンプスウイルス, サルモネラが続いた。15~59歳群(684人)ではA型インフルエンザウイルスが最多で, HSV, B型インフルエンザウイルス, インフルエンザウイルス(型不明), 麻疹ウイルス, ヘルペスウイルス(型不明), 風疹ウイルス, 水痘帯状疱疹ウイルス(VZV) が続いた。60歳以上群(535人)ではHSVが最多で, A型インフルエンザウイルス, VZV, ヘルペスウイルス(型不明), B型インフルエンザウイルス, インフルエンザウイルス(型不明)が続いた。 

病原体別の詳細については, 特集関連記事を参照された。インフルエンザ脳症(本号9&11ページ), HHV-6脳炎・脳症(本号12ページ), HSV脳炎(本号13ページ), エンテロウイルス(EV)脳炎(本号15ページ), ダニ媒介脳炎・日本脳炎・ジカ熱・ウエストナイル熱/脳炎(本号8ページ)。 

死亡例:2007~2018年の12年間に報告された急性脳炎5,302人のうち, 届出時点の死亡例は217人(10~31人/年)で, 報告総数の4%であった。15歳未満は147人であり, 病原体はA型インフルエンザウイルス51人, B型インフルエンザウイルス10人, ロタウイルス9人, HHV-6, インフルエンザウイルス(型不明), CV(CVA2型, CVA6型, CVB3型, 型不明各1例)各4人, RSウイルス3人, アデノウイルス, EV, ムンプスウイルス, コアグラーゼ陰性ブドウ球菌各1人, 不明58人であった。15歳以上は70人であり, 病原体はA型インフルエンザウイルス24人, B型インフルエンザウイルス11人, インフルエンザウイルス(型不明)6人, HSV 3人, VZV, A群溶連菌, ESBL産生大腸菌, 腸管出血性大腸菌O157(VT1&VT2), つつが虫病リケッチア各1人, 不明が21人であった。死亡の報告は, ほとんどが届出時点のものであり, 実際にはさらに多いと推測される。 

まとめ:全数届出義務があることが周知され, 急性脳炎の報告数は年々増加しているが, 全国では年間1,600~1,700人程度の発生が推定されていることから(本号4ページ), まだ把握されていない症例の存在が示唆される。死亡や後遺症の可能性がある重篤な疾患であり, 早期の診断治療が重要となる。病原体の検出・同定は治療法・予防法を考える上で重要であり, 病原体検索には, 急性期の検体採取が必要となる。また, 原因病原体としての評価には, 臨床部門と検査部門が情報を共有することが必要となる(本号3,4&5ページ)。医療機関・保健所・地衛研・国立感染症研究所が連携して, 積極的な病原体検索と臨床・疫学情報を結びつけることで, 急性脳炎サーベイランスの意義が一層高まることが期待される。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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