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2017年の北海道におけるダニ媒介脳炎

(IASR Vol. 39 p46-47: 2018年3月号)

2017年, 北海道(以下, 道)において, ダニ媒介脳炎(tick-borne encephalitis: TBE)の発生を経験したので, その概要を報告する。

TBEはフラビウイルス科フラビウイルス属に分類されるTBEウイルス(TBEV)の感染によって起こるダニ媒介感染症である。TBEVは主にヨーロッパ型(致命率:約2%), シベリア型(同:約3%)および極東型(同:約30%)に分類され, ユーラシア大陸の広域において年間1万人前後の患者が報告されている。回復した場合も神経学的後遺症が残ることが多い。TBEVは, 自然界においてマダニとげっ歯類やシカ等の野生動物の間で感染環を形成しており, ヒトへの主な感染経路はTBEV保有マダニの刺咬である。本症に対する特異的な治療法はない。ヨーロッパやロシア等ではワクチンの接種が推奨されているが, 日本国内では未認可である。最善の予防策はダニの刺咬を防ぐことである。TBEは感染症法に基づく全数把握対象疾患である4類感染症(届出基準:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-16.html)に指定されており, 診断した医師は直ちに保健所に届出なければならない。

1993年, 道南において国内初のTBE患者の報告がなされた1)。その後の詳細な疫学調査により, 道南圏域での感染が示唆された。さらに, 同地域のマダニ, 野ネズミおよび放し飼いのイヌ等から極東型TBEVが分離された2,3)。その後, 国内におけるTBEの発生報告はなかったが, 2016年8月, 20年以上を経て, 新たな患者(40代, 男性)が報告された4)。渡航歴等がないことから道内での感染が示唆された。患者は届出時点で重症であり, 後に死亡した。

道は, 今後も患者が発生する可能性を考慮して, TBE検査体制の整備が急務であると判断し, 2017年6月より, 以下のとおりTBEを含むダニ媒介感染症に関する検査を開始した。

1.対象症例

医師からダニ媒介感染症(疑い)として保健所に相談や報告があった症例

2.検査対象疾患

TBE, ライム病および回帰熱の3疾患とした。なお, これまで道内での感染例が確認されていない重症熱性血小板減少症候群(SFTS)や日本紅斑熱等を疑うとして医師から相談があった症例については, 必要に応じて実施の可否を判断することとした。

3.検査の実施

TBEについては, すべての検体を道立衛生研究所(当所)においてELISA法によるIgG抗体の検出と5), 北海道大学大学院獣医学研究院公衆衛生学教室にて中和試験を実施した。ライム病および回帰熱については, 当所にて抗体および遺伝子検査を実施した。なお, 全症例において, ペア血清の提出を推奨した。

検査の実施にあたっては医療機関等に広く周知を行った。2017年12月末までに提出された33症例の検体のうち, 2症例が血清学的にTBEと診断され, 医師から届出された()。以下に概要を記す。

症例1:70代, 男性。ダニ刺咬歴あり。6月19日(発症日を第1病日とする)に発熱 (40℃), 筋肉痛, 黄疸, 肝機能障害および意識障害を伴う脳炎症状を呈した。第2病日の血清からTBEVに対する中和抗体が検出された(IgG抗体は陰性)。さらに, 第15病日の血清を用いた検査では, ペア血清でのIgG抗体の陽転化および中和抗体の有意な上昇が認められ, TBEと診断された。医療機関で入院・加療を受けたが, 約3週間の経過で死亡した。なお, 本症例では, 血清でライム病の抗体も陽性であった。疫学調査の結果から, 道内 (道南圏域) での感染と推定された。

症例2:70代, 男性。ダニ刺咬歴あり。7月16日に発熱(41℃), 頭痛および意識障害を伴う脳炎症状を呈した。第3病日の血清にて中和抗体が検出され(IgG抗体は陰性), 第16病日の血清でIgG抗体の陽転化および中和抗体の有意な上昇を認め, TBEと診断された。また, 髄液においてもIgG抗体の陽転化が確認された。疫学調査の結果により, 道内(道央圏域)での感染と推定された。

両症例ともに, ペア血清を用いた検査により, IgG抗体の陽転化および中和抗体の有意な上昇が確認されたことからTBEと診断された。TBEは脳炎発病初期においても遺伝子の検出は困難であるため6), 患者の早期探知に繋げるためには, 今後IgM抗体検査の導入も検討する必要がある。なお, 33症例中, 届出された2症例を除くすべての症例でIgG抗体および中和抗体は検出されなかった。

道内外に生息する野生動物の血清疫学調査では, TBEVあるいはその近縁のダニ媒介フラビウイルスが国内の広い範囲に分布していることが示唆されており2-4), 本道に限らず注意が必要である。本症の予防には, ダニに刺咬されないための一般的な予防策(服装, 忌避剤の利用等)を講じることが重要であり, より一層の住民への注意喚起や啓発の強化が求められる。

謝辞:検体採取および疫学情報の収集等に御協力いただいた, 医療機関や保健所等の関係者の皆様に深謝いたします。

 

参考文献
  1. Takashima I, et al., J Clin Microbiol 35: 1943-1947, 1997
  2. Takeda T, et al., J Med Entomol 35: 227-231, 1998
  3. Takeda T, et al., Am J Trop Med Hyg 60: 287-291, 1999
  4. 好井健太朗ら,IASR 38: 126, 2017
  5. Inagaki E, et al., Ticks Tick Borne Dis 7: 723-729, 2016
  6. Schwaiger M, et al., J Clin Virol 27: 136-145, 2003

 

北海道立衛生研究所
 山口宏樹 駒込理佳 三好正浩 石田勢津子 長野秀樹 岡野素彦
北海道保健福祉部健康安全局地域保健課
 島田光平 冨加見昌孝 田中研伸 竹内德男
北海道大学大学院獣医学研究院
 好井健太朗 小林進太郎 苅和宏明

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