国立感染症研究所

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Brucella melitensisによる椎間板炎の一例

(IASR Vol. 35 p. 182-183: 2014年7月号)

家畜ブルセラ菌によるブルセラ症は、日本では家畜が清浄化していることから、現在は輸入症例のみの報告となっているが,世界的には重要な人獣共通感染症である。特に中国では2002年頃から報告数が急増し、東北部を中心に年間3.5万人を超えている1)。今回B.melitensisによる椎間板炎症例、また、予防投薬をうけた検査担当でB. canis に対する抗体陽性の者を経験したため合わせて報告する。

症 例
43歳男性、中国人。吉林省延吉市出身。中国人の妻が日本で仕事をしており、10年前から頻回に来日している。

現病歴
2014年1月8日より起立時に腰痛を自覚するようになり、1月11日に近医を受診し、レボフロキサシン(LVFX)およびNSAIDsの坐薬を処方され帰宅となった。その後腰痛が増悪し、また、食欲低下となり体動困難となったため、1月30日に当院へ救急搬送となった。来院時腰部以下に痺れ、膝関節の痛みと知覚鈍麻を自覚し、体動困難であった。腰椎MRIにてL4分離すべりおよびL4/5に椎間板から上下椎体に及ぶ浮腫像および脊柱管内に膿瘍を疑う占拠性病変がみられ、椎間板炎の疑いで同日入院となった。

入院後経過
2月4日から38℃台の発熱がみられたが、2月5日にL4/5の後方除圧、脊柱管ならびに椎間板の洗浄・デブリドマンを施行、そしてL4/5の不安定性を補うためにL3とS1の内固定を施行した。周術期抗菌薬として、2月5~8日までセファゾリン(CEZ)3g/日を投与していた。しかし術後も発熱が持続、また、術中採取した椎間板内膿・肉芽からグラム陰性桿菌が検出されたことから、2月9日からセフェピム(CFPM)3g/日へ変更となった.しかしその後も発熱は続き、2月17日までは38~40℃、それ以降は37℃台前後で推移していた。また、2月10日に施行した血液培養からも同様のグラム陰性桿菌が検出された。当院微生物検査室では菌名確定ができず、外注検査を依頼したところ、2月14日にOchrobactrum anthropi と判明したため、抗菌薬をLVFX 500mg/日へ変更した。しかし、発熱が持続したこと、問診により中国で羊を飼育しており、毎日ミルクを加熱せず飲み、また、出産を介助していたことが判明したため、 ブルセラ症を疑い2月28日に保健所へ行政検査を依頼した。3月7日に分離菌は東京都健康安全研究センターにてBrucella melitensis と同定された。また、血清診断によりブルセラ凝集反応がB. abortus:160倍以上、B. canis:320倍と高値であったことからB. melitensis による椎間板炎および菌血症と診断した。3月8日からドキシサイクリン(DOXY)200mg/日とリファンピシン(RFP)600mg/日の内服加療へ抗菌薬を変更した。その後解熱し、全身状態も改善したため退院となり、外来で内服を継続となった。

検体を取り扱った医療従事者への対応
検体を取り扱った臨床検査技師4名については、予防投薬としてDOXY 200mg/日とRFP 600mg/日の3週間投与が推奨されている5)ことから、これを実施した。また、臨床検査技師に加え、手術執刀医、手術室看護師、および手術室清掃関係者に対し抗体検査を施行したところ、臨床検査技師1名の抗体価がB. abortus:40倍未満、B. canis:320倍と、B. canis のみ高値だった。犬との接触歴はなく、自覚症状もなかったが、予防投与期間から治療期間である6週間へ延長した。抗体価の再検は1回目の抗体価が陽性だった者は1回目から2、6、12、24週、陰性だった者は2、4、12週後に行い、症状の有無を確認する方針となった。

考 察
ブルセラ症は本邦では1999年4月~2012年3月にかけて19例報告されている2)。そのうち7例が、家畜ブルセラ菌感染による輸入例であるが、検査室内感染は報告されていない。安全キャビネットが普及するまでは実験室・検査室感染が最も多かった細菌の一つであり、検査室感染の10.8%を占めていたといわれている3)。検査室内感染のリスクとしては、生菌を安全キャビネットの外で取り扱う、マスクや手袋等の個人防護具(PPE)の不装備、培養プレートのにおいをかぐ、血液培養ボトルや試験管の破損等がいわれている4)。特に、コロニーのにおいを嗅ぐ習慣がある検査技師は多く、日常的に行われている可能性がある。本症例でもリスク行為として、この行為に加え、安全キャビネットの外で扱っていた。その他、本症例に関わった手術執刀医や手術室看護師は、脊椎の手術であり、一般的な手術より厳重な感染予防対策、PPEの装着を行っており、感染のリスクは低いと考えた。抗体検査でも、全員陰性であったため、予防内服は行わなかった。また、性的接触のあった妻も抗体陰性であった。 

本症例は当初O. anthropi による椎間板炎・椎体炎と診断していた。しかしO. anthropi は免疫能低下患者や院内感染の起炎菌として多く、本症例では入院歴がないこと、LVFXの効果が乏しいことから病歴を洗い直し、ブルセラ症を疑った。Brucella属とOchrobactrum属は近縁な菌であり、誤った菌名で報告されることがあるといわれているため注意が必要である6)。1999年4月~2012年3月における家畜ブルセラ菌感染7例中1例のみで局所症状(腸腰筋膿瘍)が報告されているが、本症例では、ブルセラ症の局所症状として、一般的とされる椎間板炎・椎体炎を示していた。このように外科的処置が必要な場合には、特に医療従事者・検査従事者の注意が必要である。今後、流行地域からの渡航者の増加や、食文化の多様性によるナチュラルチーズや生乳の摂取増加により、症例が増加する可能性が懸念される。

 

参考文献
  1. IASR 33: 192-193, 2012
  2. IASR 33: 183-185, 2012
  3. Pike RM, Health Lab Sci 33: 41-66, 1976
  4. 今岡浩一, 化学療法の領域 28(12): 138-148, 2012
  5. CDC, MMWR 57(2): 39-42, 2008
  6. Horvat T, et al., J Clin Microbiol 49: 1165-1168, 2011
東京医科大学病院感染症科・渡航者医療センター 佐藤昭裕   
東京警察病院整形外科 冬賀秀一 堀田緒留人 須原靖明 尾関拓磨   
同 感染制御室  丸茂一義 金井尚之 荘子久美子 宇田川郁子 満下 恵   
国立感染症研究所獣医科学部 今岡浩一
 

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