国立感染症研究所

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精神科病院におけるヒトメタニューモウイルスによる成人の集団感染事例―茨城県

(IASR Vol. 38 p.206-207: 2017年10月号)

事例の探知

茨城県内の某精神科病院において, 発熱や咳嗽, 咽頭痛, 嗄声等の感冒症状を呈する者が2016年7月2日~13日までにA階病棟で15名発生した。7月14日に本事例について茨城県土浦保健所へ報告があり, 同日保健所が状況調査および病棟内対策の指導を実施した。詳細は後述するが, 一部の症例からhuman metapneumovirus(HMPV)が検出された。

7月21日以降, 他階病棟でも同様の症例が発生したため, 7月29日に再度, 状況調査および病棟間の感染対策の指導を実施した。発症者のうち67歳の男性が死亡したことを受け, 8月5日に3度目の状況調査および院内感染対策の指導を実施した。

同病院は階の異なる5つの病棟からなり, A, B, CおよびE階は開放病棟, D階は閉鎖病棟である。E階病棟は老人病棟で, 病棟外の患者との接触はほとんどない。A, CおよびD階の一部の患者は, 通常は, 同じ機能訓練室にてリハビリテーションを実施しているが, A階は感冒症状の症例の集積を受け7月9日より閉鎖病棟となり, 他病棟と直接の交流はなかった。

疫学調査と対応

本事例における症例定義を, 同精神病院の入院患者および職員において, 7月2日~8月17日までの期間に, 「咳嗽, 咽頭痛, 鼻汁または37.0℃以上の発熱」 のいずれかを有する者とした(2,3)。入院患者については,入院から4日未満の発症の症例は除外した。

症例定義に該当したものは計109名(入院患者93名, 職員16名)で, 男性78名(入院患者70名, 職員8名), 女性31名(入院患者23名, 職員8名)であった。患者の年齢分布は, 入院患者においては29~82歳(中央値63歳), 職員は21~63歳(中央値41.5歳)であった。病棟ごとの入院患者の症例数(入院患者数に占める割合)は, A階34名(57%), B階34名(57%), C階19名(32%), D階6名(15%)であった。病棟ごとの職員の症例数は, B階8名(38%), C階5名(21%), D階1名(5%), 外来看護師1名(20%), 調理員1名(4%)であった。なお, 職員はそれぞれのフロア専属の職員である。

症例の主な症状は, 発熱(37.0℃~39.5℃)103名(94%), 咳嗽36名(33%), 鼻汁20名(18%), 咽頭痛29名(27%), 頭痛22名(20%), 嗄声14名(13%)であった。また, 症例のうち3名が肺炎を起こし, うち1名には気管支喘息の既往があった。

A階入院患者のうち7月7日~13日に発症した有症者5名について, 7月14日に採取した咽頭ぬぐい検体を茨城県衛生研究所にてHMPVを含む17種類のウイルス病原体を対象にリアルタイムRT-PCRを実施したところ, すべての検体からHMPVのみが検出された。8月5日に再度, 7月29日~8月5日の期間に発症したA階1名(7月14日検体採取の5名とは異なる), B階5名, C階3名, D階1名の有症者10名(すべて入院患者)の病原体検査を実施したところ, B階およびC階有症者の計8名からHMPVが検出された。A階およびD階の有症者からは17種類のウイルスは不検出であったが, A階有症者は7月10日に一度発症し, 軽快後の7月29日に再度発熱があったこと, D階有症者は外泊直後の発熱であったことから, HMPV以外の要因の可能性があった。

保健所による複数回の立ち入り指導では, 職員が使用するアルコール消毒薬の設置, 手指や環境の頻回消毒, 手洗いの徹底, 飛沫感染予防策として職員および患者のマスク着用等を指導した。8月30日の時点で, 8月17日より有症者の新規発生はみられなかったことから, 本事例は終息したと判断した。

考 察

2016年7月~8月中旬にかけ, 精神科病院の複数の病棟にまたがり, 一部の症例からHMPVが検出され, HMPVに起因すると推察されあまり報告が多くない成人での集団感染事例および肺炎症例を経験した。

HMPVのようにウイルス排出期間が約2週間と長いウイルス4)の場合, 症状が軽快しても引き続き感染対策を続ける必要がある。本事例は精神科病院における集団感染であり, 病院の特性上, 消毒用アルコールを常時設置できない, 手洗いが不十分になりやすい, コホーティングを実施できない等, 感染拡大しやすい状況であった。また, 複数病棟にまたがった感染であり, 職員等を介した感染拡大に寄与した可能性が考えられるため, 集団感染が考えられる際の職員等の移動制限についても考慮していくべきであった。また, 本事例においてE階の発症者がなかったことについては, 老人病棟であり, 患者の移動や他の階との接触が少ないことや, ケア度が高いために平時より職員の感染予防策が他の病棟よりも徹底されていたことが考えられる。

HMPVは感染すると成人においても肺炎を引き起こすことを再認識した。また, 潜伏期が長いウイルスのため, 感染に気付かずに広がった可能性があった。病院や施設等において, 成人にも呼吸器症状が集積した場合には, HMPVも疑って検査を実施していくべきである。

精神科病棟以外にも, 高齢者施設等, 消毒用アルコールや手洗い用液体せっけん等を常時設置できない状況にある施設においては, 平時より感染症対策への意識を高め, 感染症予防や感染拡大防止のために飛沫感染予防策のマスク着用等の対策をしておくことが重要である。

 

参考文献
  1. 畔上由佳ら, 長野県環境保全研究所研究報告 7: 23-26, 2011
  2. Degail MA, et al., Euro Surveill 2012 Apr 12; 17(15)
  3. 白石博昭ら, IASR 27: 178-179, 2006
  4. 菊田英明, 小児感染免疫 Vol.18 No.2

 

茨城県土浦保健所
 大平采音 関 知子 下条陽子 緒方 剛
茨城県衛生研究所
 後藤慶子 土井育子 永田紀子 小林雅枝

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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