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高齢者福祉施設における呼吸器感染症の集団発生について-福岡県

(IASR Vol. 39 p103-105: 2018年6月号)

2018年1月に, 福岡県内の高齢者福祉施設(入所者45名, 職員46名)において, 複数の入所者が発熱または呼吸器症状を呈した。管轄の保健所が施設内の患者の発生状況を調査したところ, 初発有症者の発症日は1月4日で, 1月18日までに計43名(入所者39名, 職員4名)が発症, 8名が入院, うち2名(いずれも90代女性)が死亡していた。新規発症者数の推移を図1に示す。有症者の年齢は入所者が66~98歳, 職員が23~63歳であった。主な症状は, 発熱および咳, 痰, 呼吸困難, 喘鳴等の呼吸器症状であった。

保健所は感染症の原因究明およびまん延防止のため, 当施設における健康調査および疫学調査を実施し, 1月12日に有症者10名から咽頭ぬぐい液を採取し, 当研究所に検査を依頼した。当研究所では, 呼吸器マルチプレックスPCR法1,2)により, ライノウイルス, メタニューモウイルス, パラインフルエンザウイルス, RSウイルス, コロナウイルス, エンテロウイルス, クラミジア・ニューモニエ, ボカウイルス, マイコプラズマ・ニューモニエ, アデノウイルスの検査を実施したが, 呼吸器ウイルスは検出されなかった。そのため, 検体を国立感染症研究所(感染研)の病原体ゲノム解析研究センターに送付し, 次世代シークエンサーによるウイルス探索を依頼した。その結果, 10名中1名の咽頭ぬぐい液検体からライノウイルスC(HRV-C)の3Dpol遺伝子が検出された。この結果を基に, 当研究所ではHRVのより高感度な検査として, 5’-UTR-VP4/VP2領域におけるnested PCR法を用いて検査したところ, 10検体中2検体からHRV-Cが検出され, シークエンスにより塩基配列441bpが決定された(Accession No. LC368821)。配列が判明した441bp領域内で, 今回のウイルス株に反応する特異的なプライマーを設計し, 新たなnested PCR法を構築して再検査を実施したところ, 10検体中8検体からHRV-Cが検出された()。HRV- Cが検出された8名のうち4名は入院患者であった。塩基配列を解析した結果, 8検体の塩基配列310bpが一致し, 最尤法(ML法)を用いた系統樹解析により今回検出された株はHRV-Cに分類された(図2)。

今回の事例はHRV-Cを原因とする急性呼吸器感染症集団発生事例であることが推定された。1月31日に症状が長期継続していた2名の患者から咽頭ぬぐい液を採取し, HRVが検出されないことを確認した。前述2名を除き施設内に有症状者がいなくなった1月25日以降1月31日まで新規発症者がおらず, HRVの潜伏期間の2倍を超えたため, 2月1日をもって終息したと判断された。なお, 死亡した2名については, 咽頭ぬぐい液が採取できていないため, HRVに感染していたかは不明である。

HRVはピコルナウイルス科ライノウイルス属に分類されるウイルスで, 100種類以上の血清型が存在し, 3つの遺伝子群(A, BおよびC群)に分類される3)。HRVの潜伏期は約1~4日であり, 小児を中心に普通感冒(かぜ)や気管支炎, 肺炎を引き起こすことが知られている。急性の呼吸器系感染症の半数はHRVによるものと考えられるが, 一般には症状は軽く数日で軽快する3)

HRV-Cが原因と推定された感染症集団発生事例は珍しく, 過去の事例(富山県および茨城県, ともに2016年6月)4,5)は, いずれも高齢者施設において発生したHRV-Aが原因と推定された事例であった。HRVは小児を中心に幅広い年代層が罹患する上気道炎の主な原因である一方で, 高齢者においては集団感染事例の原因となる可能性があり, 重症化することも考慮する必要がある。また, HRVの感染により粘膜が傷んだ状態になり, 細菌等による二次的な感染も起こしやすくなり, 気管支炎や肺炎になることもある。そのため高齢者施設等において集団感染が発生した場合は, 速やかに感染拡大防止対策を講じることが重要であると考えられる。HRVの伝播様式は飛沫感染および接触感染と考えられているが, アルコール消毒薬に抵抗性があると言われていることから, 集団発生事例においては飛沫感染対策に加え, 消毒に次亜塩素酸ナトリウムを用いることも視野に入れる必要性がある。

HRV感染症は感染症発生動向調査事業の対象ではないため, 流行状況やウイルスの性状の変化の把握が難しい。本事例において当所が用いた呼吸器マルチプレックスPCR法は2008年頃に開発され, 以後, 高感度化のための改良を続けてきた。従来からHRVの検出には3セットのプライマーセットが導入されていたが, 本事例ではいずれも反応しなかった。この原因としては, ウイルスの変異によりプライマー配列の相同性が低下していること, 今回の検体中のウイルス量が検出感度未満であったことが考えられた。今後はnested PCR法を用いることや, 検出プライマー配列の見直しが必要であると考えられた。さらに, 施設等の感染症集団発生に対応するための各保健所における検体採取器材(検体をより多く採取できるナイロン製の綿棒)の整備状況の把握や検体採取法の周知等も必要であると考えられた。

最後に, 今回の感染症集団発生事例においては, 感染研により実施された次世代シークエンサーによる探索検査の結果が原因解明のためのきっかけであった。当研究所では, 次世代シークエンサー検査によりHRV- Cが原因と推定された後, 即時にHRV検出用のより特異的なプライマーセットを設計し, 3日以内に再検査の結果を提示することができた。今後, 感染症発生時の初動の検査において原因不明となった場合は, できるだけ早い段階で次世代シークエンサーを活用することも有効な手段であることを認識する必要がある。

 

参考文献
  1. 調 恒明ら, 厚生労働科学研究費補助金「地方衛生研究所における網羅的迅速検査法の確立と, その精度管理の実施, 及び疫学機能の強化に関する研究」平成22-24年度総合研究報告書
  2. 吉冨秀亮ら, 福岡県保健環境研究所年報第40号: 94-97, 2013
  3. 国立感染症研究所, ライノウイルス検査マニュアル(平成21年7月)
  4. 板持雅恵ら, IASR 37: 179-180, 2016
  5. 宮﨑彩子ら, IASR 38: 129-130, 2016

 

福岡県保健環境研究所
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