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急性B型肝炎 2016~2022年

(IASR Vol.44 p33-34: 2023年3月号)
 

B型肝炎ウイルス(HBV)は, 主として, HBV感染者の血液や精液などの体液を介して感染する。潜伏期間は約3カ月間である。乳幼児の感染では無症状のままキャリア化することが多い。一方, 成人で初感染した場合, 多くは一過性感染で自覚症状がないまま治癒するが, 20-30%の感染者は急性肝炎を発症する。稀に慢性化するが, 一般に予後は良好である。しかし, 約1%は劇症化し, その約6-7割は死に至る。

感染症発生動向調査に基づく届出

急性B型肝炎の発生動向調査は, 1987年に感染症サーベイランス事業の対象に加えられ, 全国約500カ所の病院定点から月単位の報告による調査として開始された。その後, 1999年4月の感染症法施行により, 4類感染症の「急性ウイルス性肝炎」の一部として全数把握疾患となり, さらに2003年11月の感染症法の改正にともない5類感染症の「ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)」に分類され, 慢性肝炎, 肝硬変, 肝がんを除く急性B型肝炎が感染症発生動向調査(NESID)の対象となっている。届出基準に基づき診断した医師は, すべての症例の診断後7日以内に保健所へ届け出ることが義務付けられている(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-02.html)。本報告では, 2016~2022年に診断・届出された急性B型肝炎についてまとめる。

2016~2022年における「ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)」の届出数は1,840例(2023年1月23日現在)で, そのうち急性B型肝炎が1,410例(77%), 急性C型肝炎180例(10%), その他のウイルス性肝炎250例(14%: サイトメガロウイルスやEBウイルスなど。重複あり)であった。急性B型肝炎と診断・届出された年当たり届出数は136-257例(男性111-210例, 女性20-50例)である(図1)。

症状: 2016~2022年に届出された急性B型肝炎1,410例の症状および所見は(重複あり), 肝機能異常1,100例(78%), 全身倦怠感972例(69%), 黄疸822例(58%), 褐色尿514例(36%), 発熱316例(22%), 嘔吐233例(17%)である。劇症肝炎は35例(2.5%)であった。また, その他の症状として, 食欲不振, 腹部違和感, 関節痛等の記載があった。2016~2022年における届出時点での死亡は6例(0.4%)であった。

性別・年齢分布・感染原因: 2016~2022年に届出された1,410例は, 男性1,152例, 女性258例で, 男女比(男/女)は約4.5であった。各年の男女比は3倍以上で, 明らかな性差が認められた(図1)。

年齢群別では, 男性は25~29歳に, 女性は20~24歳にピークがみられた(図2)。

1,410例の感染原因・経路(複数回答を含む)は, 性的接触が983例(70%)と大部分を占め, 針等の鋭利なものの刺入39例(2.8%)(男性28例, 女性11例), 輸血・血液製剤1例, 小児への母子感染1例, その他・不明は409例であった。なお, 海外に多い静注薬物常用を感染原因・経路とする届出はなかった。さらに, 性的接触を詳細にみてみると, 男性の性的接触感染(829例)のうち, 異性間性的接触が467例(56%), 同性間性的接触250例(30%), その他・不明130例であった(同性間・異性間または異性間・不明の重複18例を含む)。女性の性的接触感染(154例)では, 大半が異性間性的接触(131例, 85%)で, 同性間性的接触3例(1.9%), その他・不明21例であった(同性間・異性間の重複1例を含む)。性的接触が感染原因である患者年齢分布のピークは, 男性は20~34歳と40~44歳の2つであり, 女性は20~34歳のみであった。

1,410例における確定・推定された感染地域は, 国内感染が1,232例(87%), 国外感染93例(6.6%), 国内・国外不明が85例であった。国内感染では878例(71%)が性的接触感染で, 国外感染においても76例(82%)が性的接触感染であった。

都道府県別届出状況: 2016~2022年の間に, 全47都道府県から1,410例が届出された。東京都353例, 大阪府100例, 神奈川県94例の順に届出数が多く, 20県は届出数10例以下であった()。人口100万人当たりの届出数では, 宮崎県, 東京都, 群馬県の順に多かった。

診断方法: 2016~2022年に届出された1,410例のうち, 1,402例(99%)では血清検査によりIgM-HBc抗体が検出された。

さらに, 2016年以降に届出された821例の遺伝子型分類では, 遺伝子型Aは408例(50%), 遺伝子型Bは115例(14%), 遺伝子型Cは298例(36%)であった。また, 本邦における慢性B型肝炎患者の遺伝子型の推移の解析が報告されている(本号4ページ)。

輸血後肝炎対策

わが国では輸血後肝炎対策として, 1960年代後半に輸血用血液を売血中心から献血制度に変更し, 1972年から輸血用血液のHBs抗原スクリーニングが導入された。1989年からはHBV検出のために輸血用血液および血漿分画製剤原料血漿についてHBs抗原, HBc抗体**検査が実施されてきた。2008年にHBs抗原陽性率, 2012年にHBc抗体陽性率が増加したのは, それぞれ化学発光酵素免疫法の導入, 検査基準厳格化が行われ, 検出感度が上がったためである。さらに, 抗原・抗体検査では陰性となるHBVのウインドウ期(この場合, HBVが感染しているにもかかわらず抗原・抗体検査では検出されない時期)に採血された血液を献血血液から除くため, 1999年9月からは全献血血液中でHBV血清学的検査陰性となった500人分の血液をまとめた検体(プール検体)に対する核酸増幅検査(NAT)を導入し, その後, プールする検体数を50検体(2000年2月), 20検体(2004年8月)と減少させ, さらに2014年8月からは全血液, 個別にNATを実施することでHBVの検出精度を向上させ, 献血からのHBV感染を減少させてきた。

母子感染対策, 小児のB型肝炎ウイルス感染疫学

1985年6月から「B型肝炎母子感染防止事業」が開始され, これにより母子間のHBV感染によるキャリアの発生は劇的に減少した(本号5ページ)。2016年10月からB型肝炎ワクチンの全出生児を対象にした定期接種が開始されたため, 小児における水平感染の減少が期待される(本号6ページ)。

まとめ

最近数年間の急性B型肝炎の届出数は, 年間140-260例の範囲でほぼ横ばいである。輸血による感染は減少し, 性的接触による感染が約7割を占めている。性的接触による感染は20~30代前半に年齢のピークがあることを考慮し, ワクチン接種やコンドームの使用等の予防啓発を行う必要がある。急性B型肝炎と診断・届出された症例中, 4割は黄疸を示していなかったことから, 肝機能異常が指摘されるまでは, 感染を自覚しない感染者が多数いる可能性がある。自治体による住民検診等の機会があれば, 肝機能検査を受けることが望ましい。

本邦における慢性B型肝炎患者やキャリア数については, 初回供血者および検診受検者集団のHBs抗原陽性率から推定されている(本号3ページ)。慢性B型肝炎の治療は核酸アナログが効果を示してきたものの, 完全なウイルス排除には至っておらず, さらなる治療法が望まれている(本号8ページ)。さらに, 免疫抑制治療や抗がん剤治療等で, B型肝炎の再活性化が問題となってきている(本号7ページ)。

HBs抗原: HBV感染後早期に検出される。HBs抗原が陽性であればHBVに感染している状態。
**HBc抗体: HBc抗体陽性であればHBVの既往がある。IgM-HBcは感染初期に検出される。

 

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はじめに
 
 1989年にHoughtonら米国カイロン社の研究グループにより感染チンパンジー血漿から C型肝炎ウイルス (HCV) の遺伝子断片が発見された(Choo et al., 1989, Kuo et al., 1989)。そして、それを基にしたスクリーニング系の導入により、輸血用血液の抗体スクリーニングが可能となり、我が国では輸血による新規感 染は激減した。しかしながら、HCV感染者は日本で約200万人、世界中で1億7000万人にのぼるとされ、その多くが10-30年という長期間を経て慢 性肝炎から肝硬変へと進行し、高率に肝細胞癌を発症する(Saito et al., 1990, Alteret al., 1995, Bisceglie et al., 1997, Grakoui et al., 2001, Lauer et al., 2001, Poynard et al ., 2003, Pawlotsky 2004)。現在、HCV感染症に対する主要な治療法はインターフェロンとリバビリンによる併用療法であるが、投与法や薬物の形態が工夫された結果、よう やく半数以上の患者に有効となったが、未だ十分でなく、強い副作用も問題となっている。より有効な治療法の開発が望まれているが、HCVには効率の良いウ イルス培養系と実験用の感染小動物が存在しなかった。そのため、HCVの基礎研究はウイルス遺伝子の発現産物の機能解析を中心に進み、HCVのウイルス学 的な解析はチンパンジーを用いた感染実験に頼るしか無いわけだが、倫理的な問題やコストの面からも安易にできる実験ではなかった。このような状況がHCV の基礎研究の妨げになり、抗ウイルス薬やワクチンの開発が遅れてきた。しかし、1999年に培養細胞で自律複製する構造領域を欠くサブゲノムレプリコンが 開発され(Lohmann et al., 1999)、これを皮切りにHCVの複製に関する研究が精力的に進められてきた。また、レトロウイルスまたは水胞性口内炎ウイルスのエンベロープ蛋白を欠 損させ、代わりにHCVのエンベロープ蛋白を持ったシュードタイプウイルスを感染モデルとして用いることで、HCVの感染に関する研究は大きく進歩した (Lagging et al., 1998, Matsuura et al., 2001, Bartosch et al., 2003, Hsu et al., 2003)。さらに、劇症肝炎患者から単離されたJFH-1株のゲノムRNAを肝癌細胞由来のHuh-7細胞に導入することにより、感染性ウイルス粒子を 培養細胞で作製する技術が2005年に確立された(Wakita et al., 2005, Zhong et al ., 2005, Lindenbach et al ., 2005)。これは、レプリコンシステムやシュードタイプウイルスと異なりHCVの生活環 (感染、翻訳、複製、ウイルス粒子形成・放出) をすべて再現可能な実験系であり、HCV研究を急速に加速させた。

国立感染症研究所・ウイルス第二部 脇田隆字 

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