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百日咳 2018年11月現在

(IASR Vol. 40 p1-2: 2019年1月号)

百日咳は, 感染症法に基づく医師の届出基準において 「百日咳菌によって起こる急性の気道感染症」 と定義されている。主な症状は長期間続く咳嗽であり, 特に新生児や乳児が罹患すると重症化する。予防接種が重要であり, わが国では従来の定期接種であった沈降精製百日せき・ジフテリア・破傷風混合ワクチン (DPT) に加え, DPTに不活化ポリオワクチン (IPV) を加えたDPT-IPVが2012年11月から定期接種に導入された。DPT-IPVの接種スケジュールは初回接種と追加接種とに分けられ, 初回接種は20日以上 (標準的には20~56日) の間隔をおいて3回皮下に接種 (標準として生後3~12か月), 追加接種は初回接種終了後, 6カ月以上の間隔をおいて (標準的には初回接種終了後12~18か月の間に), 1回皮下に接種することとされている。百日せきワクチンの免疫効果は4~12年で減弱し, 最終接種後時間経過とともに既接種者も感染し発症することがある。乳児の百日咳予防策として, 海外では抗原量を減量した破傷風・ジフテリア・百日せき三種混合ワクチン (Tdap:国内未承認) の青年や妊婦を含む成人への接種が推奨, 実施されている (本号14ページ)。先進国では青年・成人の感染者が感染源となり, ワクチン未接種児が感染し重症化することが問題となっている。わが国においても, 従来の小児を対象とする定点把握では, 成人を含む患者の発生動向が, 適時かつ正確に把握できず, 対応に遅延を生じる可能性があった。

このため2018年1月1日から, 百日咳を感染症法に基づく全数把握対象の5類感染症に改正した (IASR 39: 13-14, 2018)。これにより, 感染症発生動向調査 (NESID) に届けられる症例は百日咳の臨床的特徴を有し, かつ原則的に実験室診断により診断が確定した症例となった (届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-23.html)。

実験室診断:百日咳の病原体検査には菌培養検査, 血清学的検査, 遺伝子検査がある (IASR 38: 33-34, 2017)。菌培養検査は特異性に優れるが特殊な培地を要し, 陽性率は低い。血清学的検査では世界的に抗百日咳毒素抗体価 (抗PT-IgG) が測定されるが, 世界保健機関は免疫系が十分に発達していない乳児, ワクチン接種後1年未満の患者には適用できないとしている。わが国では2016年に百日咳菌に対するIgMおよびIgA抗体を測定する血清学的検査が承認, 保険適用された。遺伝子検査は最も感度が高く, 世界的にはリアルタイムPCR法が採用されている。わが国では特異性の高い検査法として百日咳菌LAMP法 (loop-mediated isothermal amplification) が開発され, リアルタイムPCR法よりも簡便・迅速な診断が可能となり, 2016年11月から保険適用となった。なお, 百日咳の検査法は発症後からの推奨時期がそれぞれあり, 正確な診断にはこれら検査法の適切な選択が重要となる (本号9ページ, 詳細は 「感染症法に基づく医師届出ガイドライン (初版) 百日咳」 https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/pertussis/pertussis_guideline_180425.pdfを参照のこと)。

感染症発生動向調査:1997~2017年までの全国約3,000の小児科定点から毎週報告された臨床診断による患者数の推移 (図1) と, 2018年1月1日~11月30日の間の全医療機関からの週ごとの届出患者数 (図2) を示す。定点当たり年間患者報告数は数年ごとに増減を繰り返していたが, 全数届出が始まった2018年は第16週頃より報告数が増え始め, 11月末時点で10,360例の報告があった (2018年12月5日現在)。

2018年1月からの届出患者の年齢中央値は10歳 (範囲0~98歳) で, 5~9歳の患者が全体の38%を占め最も多く, 次いで10~14歳 (25%) であった。0歳児の患者は全体の約6%であった (図3)。年齢別にみると, 6~13歳の小中学生世代に患者の集積を認めた (図4)。最も重症化しやすいとされる6か月未満の患者数は453人であった (本号45ページ)。加えて, これまでの小児科定点報告では患者数が不明確であった成人層にも少なからず百日咳患者が存在することが分かった (図34および本号413ページ)。

都道府県別患者発生状況をみると全47都道府県から患者届出があった。報告数は東京都 (2,074例), 大阪府 (855例), 神奈川県 (594例), 埼玉県 (549例), 兵庫県 (456例) の順に多かった。一方人口10万人当たりの患者報告数が最も多かったのは香川県 (47人) で, 次いで宮崎県 (25人), 高知県 (23人), 佐賀県 (16人) の順であった (人口は総務省統計局2016年10月1日現在人口を使用)。

報告された患者の予防接種歴をみると, 4回の百日せき含有ワクチン接種歴がある者が全体の58% (5,577/ 9,674例), 20歳未満では73% (5,435/7,471例), 5~15歳に限定すると80% (4,926/6,135例) であり, 小児患者の多くはワクチン既接種者であった (図4)。

集団感染:わが国では2007年に大学などで200人以上の感染者が疑われた大規模な集団感染が発生し, 狭い空間を長時間共有する施設では百日咳菌が伝播しやすいことが示された (IASR 29: 70-71, 2008など)。近年では, 小中学校での集団発生を発端とした地域での患者発生数増加 (IASR 36: 142-143, 2015, IASR 38: 25-26 & 26-28, 2017), 都市部での集団発生報告がある (本号710ページ)。

百日咳抗体保有状況:2013年度の感染症流行予測調査によると, 百日咳菌の百日咳毒素 (PT) に対する抗体保有率は, 月齢6~11か月は90%に達した。ただし, その後抗体保有率は低下し, 5~6歳で最も低い26~29%となり, それ以降は年齢とともに上昇した (IASR 38: 31-33, 2017)。

百日咳の病原体と分子疫学:百日咳菌と同様な咳嗽症状を引き起こす百日咳類縁菌として, パラ百日咳菌とBordetella holmesiiが挙げられるが, 両菌の国内感染例の報告は少ない。2018年に地域流行が報告された新潟県と東京都のうち, 新潟県で分離された菌はすべて百日咳菌であり, いずれも同じ遺伝子型MT27cであった (本号6ページ)。一方, 東京都では百日咳菌とパラ百日咳菌が分離され, 百日咳菌の遺伝子型はMT27aとMT36の2種類が認められた (本号7ページ)。なお, 近年わが国では欧米の流行株であるMT27株が増加傾向にある (本号3ページ)。

おわりに:2018年1月1日から開始された全数届出により, これまで明確ではなかった6か月未満児や成人の患者数や患者の症状, ワクチン接種歴などの詳しい疫学情報が得られるようになった。今後正確な百日咳の疫学情報が集積されることにより, アウトブレイクの早期発見・早期対応を可能とし, 効果的な百日咳予防, 対策に貢献することが期待される。

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