国立感染症研究所

IASR-logo

<速報>一般市中病院に来院した西アフリカからの帰国者における熱帯熱マラリアの一例

(掲載日 2014/10/16 更新日 2014/11/12)  (IASR Vol. 35 p. 274-275: 2014年11月号)

2014年3月以降に西アフリカ(リベリア、ギニア、シエラレオネ)およびコンゴ民主共和国にてエボラウイルス病(Ebola virus disease: EVD)が流行している。9月には米国入国後の発症例も報告され、日本の医療機関においてもEVDへの対応が現実味を帯びている。そのような感染症は感染症指定医療機関で対応することとなるが、その患者すべてが指定医療機関を受診するとは限らない。しかし、多くの感染症病床を有しない医療機関に所属する医療関係者は、自らがその診療の当事者となることは想定していないであろう。

西アフリカからの帰国者の診療においては、頻度、重症化リスクの観点から、熱帯熱マラリアを含む多くの熱帯感染症も忘れてはならない。詳細な渡航歴からEVDのリスクを考慮した上で、これらの熱帯感染症の診断も適切に行われるべきである。

今回、感染症病床を有しない市中病院に西アフリカからの帰国者が発熱を主訴に受診し、熱帯熱マラリアと診断された症例を経験した。EVD流行地からの帰国者に対する一般病院における対応の参考になるかと考え、初診から搬送までの経過を報告する。

症例は高血圧症を治療中である60代男性であり、出張で約10カ月間リベリア共和国に滞在後に帰国した。帰国後10日目に発熱が出現し、検疫所から保健所に連絡するよう説明を受けていたことを認識しておらず注1)、かかりつけの医院を受診し抗菌薬が処方されたが、改善しなかった。その後全身状態が悪化しているとのことで、帰国後13日目に当院時間外外来を受診した。この時点では帰国者の発熱という認識はされていなかった。

来院時は血圧131/73 mmHg、脈拍数113回/分、体温37.6℃、呼吸数40回/分、SpO2 93%(室内気下)であり、努力様呼吸であった。発熱と著明な倦怠感の他には嘔吐、嘔気、下痢、腹痛などの消化器症状を認めなかった。診察を担当した当直医の病歴聴取により、リベリアからの帰国歴がわかったため、感染性疾患を考慮し一般的な個室(独立換気)に移動した。しかし、標準予防策のみで対応がなされた。

その後、血液検査、胸部X線検査等を施行し、来院から約3時間経過したところで感染症内科へ引き継ぎとなった。同時点での病歴からは熱帯熱マラリアの可能性を最も疑ったが、再度病歴を確認し、EVD患者への曝露歴や動物との接触歴、森林地域への移動歴がないことを確認した。また、ワクチン接種は黄熱ワクチンのみであること、マラリアの予防内服を行っていないことなどを確認した。

上記からマラリアの可能性が高いと考え、特別な感染対策は行わずに標準予防策のみでの診察、検査を継続した。当初検査室より血液塗抹標本のギムザ染色(pH 6.6)でのマラリア原虫ははっきりしないとの報告があり、検査キットや治療薬のある地域拠点病院へ転院での精査・加療の依頼をした。本症例は軽度頭痛・血小板減少・軽度黄疸・肝酵素上昇・肝脾腫は認められたものの貧血はなく意識レベルは保たれており、マラリアによる発熱が最も疑われた。しかしながら、症例がEVDの流行地からの渡航者でもあるため先にマラリアの検査を実施するため検体を送るように指示を受けたため、保健所にも一報を入れたうえで検体を搬送した。当院で受診4時間後の血液塗抹標本のギムザ染色(pH 7.2)を再確認したところ、熱帯熱マラリア原虫の輪状体を確認した。

その後、地域拠点病院での血液塗抹標本の検鏡と迅速抗原検査でも熱帯熱マラリアの診断が確定したとの連絡を受け、当院受診から約7時間にて地域拠点病院へ当該患者の転院搬送となった。

本症例は、EVD流行地からの帰国者における熱帯熱マラリアの症例であった。地域拠点病院ではなく、行える検査や、治療にも限りがあったが、幸い本人の意識状態が良好であったため、十分な病歴を聴取することができたのが、迅速な診断、転院搬送に至ったと思われる。

しかし、いくつか問題点も認められた。
(1) 来院時は渡航者との認識がされず、対応した事務員や問診をとった看護師、当直医がEVDを念頭に置いたフルのPPE(Personal Protective Equipment)装着をせずに患者に接触している。

(2) 受診時にはEVDが鑑別に挙がっていなかったため、検査室への検体(血液)運搬や検査時に、通常の血液検体として扱っていた。検体を介した感染拡大のリスク因子となりえた。

(3) 病歴からは初期から熱帯熱マラリアが濃厚に疑われたが、リスクマネジメントとして確定診断されるまでは接触・飛沫感染対策を想定したPPE装着での診療を行うべきであった。

(4) 搬送先の病院が受け入れる準備をするまでは、自施設にて対応する必要があるため、どこで(陰圧室など)待機するか、だれが患者ケアを行うかなど具体的に決めておく必要がある。

海外渡航が身近になっている現在では、本患者が初めに訪れた医院や当院のように、感染症指定医療機関でなくても渡航者が来院する可能性がある。その中にはEVDのように、感染性のある重篤な疾患が含まれるかもしれない。日頃からの発熱患者に対するトリアージや感染対策が重要である。

今回の報告が診療の一助になれば幸いである。

注1)平成26年10月21日以降、リベリア共和国を含むエボラ出血熱の流行国からの全ての帰国者は、発症の可能性がある期間、検疫法に基づき体温等の健康状態について毎日の報告を求められる健康監視の対象となっている。また、同年11月11日以降には、健康監視中に直接医療機関を受診しないよう指示を行う体制となっている(平成26年11月11日現在)。

 

社会医療法人敬愛会中頭病院感染症・総合内科 大城雄亮 新里 敬

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version