国立感染症研究所

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<速報>熱帯熱マラリアの2例―同一グループ内での複数発症事例

(掲載日 2013/7/29)

 

ケニアへ渡航した8名のグループ内で、2名が熱帯熱マラリアに罹患した。1人目が診断された時点で旅行形態を把握し、注意喚起を行ったことで2人目の早期診断に至った。また同グループは黄熱ワクチンを接種したのみで、ほかのトラベラーズワクチン接種やマラリア予防内服を行っておらず、渡航者への啓発が必要な事例と考えられたため報告する。

症例1:日常生活動作は自立し、普段は畑仕事が可能な78歳女性。2013年5月29日~6月10日までケニアへ渡航した。5月30日~6月6日までニャンザ州ボンド県西アセンボ郡ランブグ村に滞在し、8日までマサイマラ、その後、ナイバシャ湖を経てナイロビに入りケニアを出国した。帰国3日目から数回転倒し、徐々に会話がかみ合わなくなり、17日に38℃台の発熱に気づかれて総合病院を受診した。受診時の意識レベルはJCS II-10 、GCS E4V5M6、血圧115/87 mmHg、脈拍 101/分、呼吸数36/分、酸素飽和濃度93%(室内気)で口腔内に点状出血、右の肋骨脊椎角叩打痛を認めた。血液検査では血小板減少、肝・腎機能障害があり、血液塗抹標本で熱帯熱マラリア原虫(原虫寄生率 3.8%)が検出された。当院へ転送される直前に血圧と酸素飽和濃度が低下し、昇圧剤と酸素投与が開始された。意識障害、循環不全、高原虫血症から重症熱帯熱マラリアと診断し、キニーネ点滴とアーテスネート座薬で治療を開始した。

症例2:アフリカへの渡航歴が複数回あり、マラリアに2回罹患して現地での治療歴がある。症例1の患者と同旅程でケニアへ渡航し行動を共にした。6月19日に38℃台の発熱、ふらつき、脱力感が出現したため当院を受診した。意識清明、身体所見では脾腫を認めた。血液検査で白血球・血小板減少、肝酵素上昇があり、血液塗抹標本で熱帯熱マラリア原虫(原虫血症0.2%)を検出し、熱帯熱マラリアと診断した。合併症はなくアトバコン・プログアニルで治療を開始した。

本事例では同じ旅程でケニアへ渡航した8名(小学生2名を含む)のうち2名が熱帯熱マラリアに罹患した。1例目が当院に入院した際の問診で、付き添いの家族から同行者がいるとの情報を得ており、同行者に発熱などの症状が出たらすぐに当院を受診するよう伝え、症例2は重症化する前に診断できたと考える。また症例2が診断された翌日、保健所を通じて同行者の健康確認を行ったところ、6月19日にもう1名が発熱し、過去に海外で購入していた抗マラリア薬を内服したとのことであった。内服終了後に当院を受診し、血液塗抹標本検査・マラリア原虫の遺伝子検査を行ったが原虫は検出されず、マラリアには罹患していなかったと思われる。食中毒の事例では、医師は同一グループ内で類症者がいないかどうかに留意し問診することが多いが、マラリアであっても患者と行動を共にした者の症状の有無を確認し、発症した場合の対処について同行者へ説明・周知することが重要と考えられる。 

グループのメンバーほとんどに複数回のケニア渡航歴があり、症例2のようにマラリアの既往歴がある者もいた。マラリアの流行地に滞在するという認識はあり、防蚊対策は取っていたようである。またマラリア予防内服について若干の知識は持っていたようだが、「予防内服をすると、マラリアに感染した時に診断が遅れる」という誤った理解をしているメンバーがいた。さらにトラベラーズワクチンの接種は全員が黄熱ワクチンのみであった。最近は旅行会社から渡航先で流行している感染症、予防法などの情報提供が行われるようになった。本グループはケニア在住の知人を通じて現地旅行会社にツアーの手配を依頼しており、日本人渡航者向けに十分な情報提供がなされていなかった可能性がある。

「日本人渡航者のほとんどはトラベラーズワクチンを接種しておらず、早急な改善が必要だ」1)と批判されてから10数年、各地にトラベルクリニックが開設されトラベラーズワクチンの接種、マラリア予防薬処方や渡航先の感染症情報の提供を行っている。しかし本事例はトラベルクリニックの存在が渡航者に十分知られておらず、まだまだ活用されていない現状を物語っている。旅行医学に関わる医療者はこのような状況をふまえ、改めて一般医療機関・渡航者への啓発を行う必要があると考えられる。

 

参考文献
1) Basnyat B, et al., J Travel Med 7: 37, 2000

 

奈良県立医科大学病原体・感染防御医学/奈良県立医科大学附属病院感染症センター    
     中村(内山)ふくみ
奈良県立医科大学附属病院感染症センター    
     小川 拓 米川真輔 福盛達也 宇野健司  笠原 敬 前田光一 浦手進吾 三笠桂一
奈良県立医科大学附属病院高度救命救急センター   
     井上 剛 有川 翔

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