国立感染症研究所

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アメーバ赤痢 2007年第1週~2016年第43週

(IASR Vol. 37 p.239-240: 2016年12月号)

アメーバ赤痢は寄生性の原虫である赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)による消化管感染症である。赤痢アメーバは,嚢子(シスト)として感染者の糞便に排泄され,これが水や食物を汚染すると,経口感染を起こす。シストは小腸で脱嚢して栄養型となり,大腸粘膜面に潰瘍等の病変を起こす。感染者のうち5~10%が発症する。粘血便,下痢,テネスムス(便意があるが排便がない),腹痛などの赤痢様症状を起こす(腸管アメーバ症)。栄養型が血行性に肝臓,肺,脳,皮膚などに転移すると,膿瘍を形成し,重篤な症状を呈する(腸管外アメーバ症)。世界保健機関は,世界中で毎年数万人がアメーバ赤痢により死亡していると推定している。

 人獣共通感染アメーバとしてE. histolyticaはヒト以外にも感染し,実験動物用のカニクイザルなどから検出されている。サル類に感染しているE. disparはヒトに感染するが,非病原性で治療の必要は無い。その他,国内のニホンザルから検出されたE. nuttalliはヒトへの感染の報告はあるが病原性は不明である(本号11ページ)。

感染症発生動向調査に基づく届出

わが国ではアメーバ赤痢は感染症法に基づく全数把握の5類感染症疾患であり,診断した医師はすべての症例の診断後7日以内の保健所への届出が義務付けられている(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-01.htmlkenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-01.html)。無症状病原体保有者(シストキャリア)の報告は届出基準には含まれていない。

感染症法に基づく年間届出報告数は増加傾向が続いており(IASR 28: 103-104, 2007),これは国内感染例の報告の増加による(図1)。2007年第1週~2016年第43週までの約10年間に診断され届け出られた9,301例(2016年11月23日現在)のうち,7,753例(83%)は国内感染で,国外感染1,302例(複数国の記載がある228例と渡航先不明の102例を含む)の推定感染地は中国(179例),タイ(149例),インドネシア(139例),フィリピン(82例),インド(59例),韓国(53例),ベトナム(47例),台湾(42例),カンボジア(37例) 等であった。

性別年齢分布:報告例中男性は8,181例(88%),女性は1,120例(12%) で,従来通り(IASR 28: 103-104, 2007),大半は男性であった。男性の年齢中央値は50歳(四分位範囲:41歳~59歳)であったのに対して,女性の年齢中央値は40歳(四分位範囲:31歳~48歳)であった(図2)。女性の報告数は2007年に115例,2015年に121例であったのに対し,男性の報告数は2007年(686例) から2015年(988例) にかけて1.4倍増加し,近年の報告数の増加は,主に男性の報告数の増加による(本号3ページ)。

9,301例のうち,届出時点でのアメーバ赤痢による死亡は38例で,そのうち男性が37例(30代1例,40代5例,50代9例,60代9例,70代8例,80代5例),女性が1例(70代)であった。

病型:病型別では腸管アメーバ症が大半を占めた(腸管アメーバ症:7,763例,腸管外アメーバ症:1,131例,腸管および腸管外アメーバ症:407例)。以前,男性で腸管外アメーバ症が多い(男性症例の20%,女性症例の12%)ことが指摘されていたが(IASR 28: 103-104, 2007),今回の調査(2007年第1週~2016年第43週)では女性(133/1,120),男性(998/8,181)ともに患者中12%が腸管外アメーバ症として報告されている。近年,腸管アメーバ症に関して,自覚症状の無い特異的な大腸粘膜病変を有する男性症例の報告が増加しているが,大腸内視鏡検査の導入が報告症例数を増やしている可能性もある(本号38ページ)。

都道府県別患者発生状況:2007年第1週~2016年第43週の間に診断された症例が届け出された都道府県別にみると,東京都,大阪府,神奈川県など,従来と同様に大都市を抱える人口の多い都道府県に報告数の集積がみられた()(IASR 28: 103-104, 2007)。人口100万対年平均でみても,同様の傾向がみられた()。

感染経路:9,301例のうち,感染経路不明が最も多く49%(4,521例:男性3,984例,女性537例)で,次いで性的接触による感染が29%(2,700例:男性2,419例,女性281例),経口感染が22%(2,080例:男性1,778例,女性302例)であった。経口感染の感染源として,「生食」,「果物」,「水」等の記載があったが,経口感染の8割以上は原因不明であった。男性では性的接触感染が経口感染より多く,異性間性的接触(1,090例)が同性間性的接触(864例)を上回った。女性では主な性的接触が異性間であった(異性間221例,同性間6例)(同性間・異性間ともに記載がある場合は,同性間に分類)。従来から,わが国のHIV感染者同様,男性同性愛者による同性間性的接触(MSM: men who have sex with men)によるアメーバ赤痢感染が注目されてきたが(IASR 28: 103-104, 2007,本号4ページ),近年では,異性間性的接触を原因とする症例の報告が増加してきた(IASR 35: 223-224, 2014,本号3ページ)。以前から性風俗業で働く女性(CSW: commercial sex worker)におけるアメーバ赤痢患者の存在が指摘されていたが(IASR 24: 81, 2003 & 28: 109-110, 2007),今回の統計でも女性1,120例のうち23例の備考欄に「性風俗業」等の記載があった。

診断方法:アメーバ赤痢は,実験室診断によってE. histolyticaの存在を証明し,確定診断する(病原体検出マニュアル,http://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/entamoeva.pdf)。届出患者9,301例中,鏡顕による病原体の検出が7,549例,血清抗体の検出が2,500例であった。ELISA法による病原体抗原の検出は82例,PCR法による病原体の遺伝子の検出は108例であった(複数の検査診断法による重複を含む)。

治 療

アメーバ赤痢の治療には,通常メトロニダゾールの経口投与が選択され(本号57ページ),治療効果は高い(メトロニダゾールは2012年8月にアメーバ赤痢へも保険適応が拡大された)。また,シストキャリアにはパロモマイシンが有効とされる(パロモマイシンは2012年12月に保険適応となった)。

今後の対策

近年,潜伏性アメーバ赤痢感染者の報告が増加している(本号310ページ)。これに関連し,無症状のシストキャリアも,届出は不要であるが,潜在的感染源として,また侵襲性アメーバ赤痢への劇症化リスクを減らすために,治療することが重要である。国内でのアメーバ赤痢感染は,MSMに注目されてきたが,近年CSWにおける症例の報告(本号5ページ)も継続している。異性間性的接触を原因とする症例の報告が増加している背景として,性的接触によるシストの経口摂取など性行為の多様化により生ずる感染リスクに注視すべきである。わが国の国内感染例の多くが性的接触による感染であることから,アメーバ赤痢対策は総合的な性感染症対策の一環として行われるべきものと考える。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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