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キノロン耐性, 血清群C群, 遺伝子型ST-4821髄膜炎菌による侵襲性感染症 (2017年2月)―国内初遺伝子型原因菌

(IASR Vol. 38 p.83-84: 2017年4月号)

緒 言

わが国の侵襲性髄膜炎菌感染症の発症は年30~40例前後と稀だが, 致命率は17%にのぼる重篤な疾患である1)。近年わが国の髄膜炎菌血清群はB, Yが多く, C群は稀である1,2)。今回我々は血清群C群による侵襲性髄膜炎菌感染症幼児例を経験した。菌株の遺伝子型はST-4821と判明し, 同型は2000年代から中国で流行する侵襲性株3)であるが, 国内での発症既報告はない。さらに, ST-4821株の多くがキノロン耐性株であること4)は化学予防策の立案に重要な意味を含むため症例を報告する。

症例:4歳10か月, 女児

既往歴:特記事項なし

家族歴:家族に渡航歴なし, 類症なし

現病歴:入院当日早朝から39℃台の発熱, 嘔吐が出現し, 午前中にかかりつけ医を受診した。体幹に5~10mm大の数個の紅色発疹を認めた以外は異常認めず, 制吐剤を処方され帰宅した。発熱から14時間後頃から傾眠状態となり, 意味不明の発言や意味なく立ち上がる等の異常行動が出現し, 当院へ救急搬送された。

来院時現症:意識レベルGCS 12(E3V4M5)。体温39.4℃, 脈拍 132回/分, 血圧 88/51mmHg, SpO2 100% (room air)。四肢末梢冷感は軽度あり。体幹, 顔面, 四肢近位部に直径5~10mmの僅かに隆起する紅斑(一部紫斑様)と, 右眼球結膜出血, 硬口蓋の点状出血を認めた。胸腹部に異常なく項部硬直は認めなかった。受診10分後に全身痙攣を認め, ジアゼパム静注により直ちに止痙した。

検査所見

血液検査:WBC 3,900/μL, Hb 12.7g/dL, Plt 17.0×104 /μL, CRP 7.0 mg/dL, Na 134 mEq/L, K 2.7 mEq/L

髄液検査:多核球 25/μL, 単核球 7/μL, 糖 100 mg/dL, 蛋白 16 mg/dL。PASTOREXメニンジャイティスTMによる凝集反応迅速検査はすべて陰性。

画像検査:頭部CT, MRIに異常所見なし

入院後経過:臨床所見と検査所見を総合し, 原因菌不詳の細菌性髄膜炎と診断し, 血液・髄液培養採取後にパニペネム/ベタミプロンとセフトリアキソン(CTRX)による経験的治療を開始した。

入院翌日, 意識清明で摂食可能になった。採取18時間後に血液培養陽性となり, グラム陰性球菌が検出された。分離培養菌は生化学性状とmatrix-assisted laser desorption/ionization time-of-flight mass spectrometryから髄膜炎菌と同定された。侵襲性髄膜炎菌感染症と確定診断し, 抗菌薬治療はCTRX単剤に変更した。同時に(入院26時間後)保健所に通告し, 接触者調査が開始された。

患児は入院5日目に解熱し, 皮疹, 眼球結膜・硬口蓋の出血も消退した。CTRXを合計8日間投与し, 入院13日目に後遺症なく退院した。入院中に血清C3, C4, CH50値は正常で, 無脾症でないことを確認した。

後日, 国立感染症研究所細菌第一部による菌株解析により血清群C群, 遺伝子型ST-4821と判明した。

感染予防対策は, 1)患児の同居家族, 2)救急搬送時に介抱した隣人, 3)院内で濃厚接触した医療従事者, 4)通園する幼稚園の園児と教諭, 5)かかりつけ医施設内の職員, 待合室内で動線が重なった小児とその家族, 調剤薬局職員, 6)搬送した救急隊員を対象者とし, 合計132名に化学予防を施行した。多くは感受性判明前に予防内服を開始した。小児は全例リファンピシン(RFP)内服, 成人は原則シプロフロキサシン(CPFX)内服を用いた。入院4日目に菌株の感受性が判明した。ペニシリンG, CTRX, メロペネムはいずれも最小発育阻止濃度 (MIC)≦0.03μg/mL, RFPはMIC 0.06μg/mLと, 感性と判定されたが, CPFXはMIC 0.25μg/mLと耐性を示した。この結果を受け, CPFX内服者には改めてCTRX筋注またはRFP内服を追加した。最終的に二次感染者は認めなかった。

考 察

侵襲性髄膜炎菌感染症は短時間に急速に進行し, 致命率も後遺症率も高い重篤な疾患であり, 早期に接触者予防対策を要する。本症例の入院は金曜夕方で, 週末の医療従事者の限られている中での対応を要求された。しかし迅速な確定診断と保健所・病院・診療所間の良好な連携関係から, 患児入院の48時間以内にほぼ接触者把握と感染予防対策立案ができた。

本症例の特徴の一つはキノロン耐性株であったことである。わが国ではCPFX耐性の髄膜炎菌は3%と報告され5), 推奨されている化学予防レジメン6)の中から投薬の簡便性(単回内服)を考慮し成人にはCPFXを選択したが, 結果的にはCPFX耐性と判明し, 再度対象者に感受性のある抗菌薬予防投与を追加した。一連の経緯から, 感受性判明前の段階での予防投薬に何を選択すべきか, という問題が提起された。

もう一つの特徴は原因菌が血清群C群, ST-4821であったことである。わが国でのC群発症例は4%程度と稀1,2)である。遺伝子型ST-4821は中国全土で2003年以降に報告され始め3), 大規模なアウトブレイクも報告されている7)。中国以外での発生例は極めて稀8)で, わが国では本症例が初の報告となる。患児・家族の渡航歴はなく, 国内で中国からの渡航者との接触もなかった。本症例は孤発例であり感染ルートは究明できなかったが, 海外旅行者が増加する中, 今後わが国においてもST-4821による髄膜炎菌感染症が続発する可能性も否定できないため注意を要する。

 

参考文献
  1. IASR 34: 361-362, 2013
  2. 高橋英之ら, IASR 34: 363-364, 2013
  3. Zhou H, et al., Epidemiol Infect 140: 1296-1303, 2012
  4. Zhu B, et al., J Med Microbiol 63: 1411-1418, 2014
  5. 渡辺祐子ら, 感染症学雑誌 81: 669-674, 2007
  6. MMWR Recomm Rep 54(RR-7): 1-21, 2005
  7. Shan X, et al., PLoS One 10: e0116422, 2015
  8. Tsang RS, et al., Can J Microbiol 63: 265-268, 2017

 

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