国立感染症研究所

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鹿児島市を中心としたSalmonella enterica serovar Oranienburg菌血症の集積

(IASR Vol. 40 p91-92:2019年5月号)

概要

2018(平成30)年8月, 鹿児島市のA医療機関から非チフス性サルモネラ属菌O7による菌血症が数例相次いでいるという報告が鹿児島感染制御ネットワーク(KICN)事務局(鹿児島大学病院)にあった。すでにA医療機関から鹿児島市保健所に報告がなされ, 患者への調査が開始されていた。KICN事務局から鹿児島県内の医療機関にメーリングリストを通じて注意喚起を行ったところ, 他の複数の医療機関からも同様の報告があり, 同年7~9月にかけて鹿児島県内で非チフス性サルモネラ属菌O7菌血症患者が11人発生していたことが判明した。なお, この期間中に鹿児島県内でサルモネラ属菌による食中毒は報告されていなかった。

また, 宮崎県衛生環境研究所に問い合わせたところ, 同年8月に非チフス性サルモネラ属菌O7菌血症1例が報告されており, 計12人の患者の集積を把握できた。A医療機関の協力を得ながらの鹿児島市保健所の調査および伊集院保健所による聞き取り調査では, 患者の居住地, 職業, 生活環境, 喫食歴等に関連はなく, 原因となる共通の食材は見出せなかった。各症例の血液由来株は, すべてがSalmonella enterica serovar Oranienburgと同定され, RAPD法(randomly ampli- fied polymorphic DNA)1)および次世代シーケンサによる高精度ゲノム系統解析によって, 分離株が同一クローンであることが分かり, 同一感染源に由来する広域感染事例の可能性が示唆された。

患者情報

患者の年齢は2~52歳(中央値27歳), 男性8人, 女性4人, 発症月は7月:5人, 8月:5人, 9月:2人であった。全患者で, 海外渡航歴や基礎疾患は認めなかった。臨床症状は, 全員が38~39℃台の発熱をきたし, 下痢は7人(58%), 腹痛は2人(17%) にみられ, 他の4人(33%) では消化器症状の訴えはなかった。発症から血液培養までの日数は中央値8.5日(範囲3~12日)であり, 感染巣の明らかでない不明熱として診断に苦慮した症例が大部分であった。8人が入院し抗菌薬療法を受けたが, 4人は外来で治療が行われ, 全員合併症なく軽快した。発症前1週間以内の喫食歴としては, 鶏刺しあるいは生卵が6人で確認されたが, 共通の食材や食事施設はみられなかった。また, 宮崎県の患者(症例8)の鹿児島県への訪問歴はなかった。症例9の居住地は沖縄県であったが鹿児島市への出張中に発症し, 帰宅後に沖縄県の医療機関Dに入院した。なお, 症例1の血液培養からはサルモネラ属菌O8も同時に検出されていた。

細菌学的解析

全患者の血液由来株について血清型の同定を行ったところ, すべてがO7:m, t:-であり, 血清群はS. Oranienburgと同定され, 全12株のRAPD法はほぼ同じパターンを示した。また, 症例9の株を除く11株について, 次世代シーケンサMiSeqでドラフトゲノム配列を取得し, 高精度ゲノム系統解析を実施した結果, 約4.7 Mbpのゲノム配列中に存在する株間のSNP数が3~5塩基(未発表データ)であり, 同一クローンであることが明らかになった。薬剤感受性試験は, すべての株がアンピシリン, セフトリアキソン, ニューキノロン系薬に感受性を示した。

考察

非チフス性サルモネラ属菌による食中毒は, わが国の細菌性食中毒事例の7.4%(厚生労働省食中毒統計, 2013~2017年の平均)を占めているが, 菌血症事例の地域的な集積は稀である。今回の事例では, 同時期にサルモネラ属菌による食中毒事件は報告されておらず, 菌血症の患者だけが探知されたという特殊性があった。S. Oranienburgがどこから持ち込まれたものか保健所による調査が行われたが, 感染源・感染経路の特定には至らなかった。

S. Oranienburgによる集団食中毒はこれまでにも国内外で報告されており, 1999年にはイカ菓子を原因とする全国的なdiffuse outbreakがみられた2)。2018年10月以降, 本菌による菌血症事例の報告はないが, 感染源が同定されていないこと, また2県で同一クローンが検出されたことから, 広域での共通食材による感染の可能性も否定できないため, 今後もモニタリングを継続する必要がある。

非チフス性サルモネラ菌の菌血症は, 感染症発生動向調査の対象ではなく, 食中毒が疑われなければ保健所への届出が通常行われない。地域で非チフス性サルモネラ属菌による菌血症が多発しても, 受診する医療機関が別々であれば集積事例と認識されない可能性がある。今回, 感染対策の地域ネットワークであるKICNへの一報を契機として, 鹿児島市を中心としたS. Oranienburg菌血症の集積が明らかになった。院内感染だけでなく市中感染対策としても, 地域の感染対策ネットワークを基盤とした感染対策従事者と広域的な行政の連携が重要である。

 

参考文献
  1. Hashemi A, et al., J Appl Microbiol 118(6): 1530-1540, 2015
  2. 対馬典子ら, 日本食品微生物学会雑誌 17(4): 225-234, 2000

 

慈愛会 今村総合病院
 畠中成己 吉森みゆき 西垂水和隆
国分生協病院
 岩元ゆかり 小坂元博揮
鹿児島市立病院 
 鮫島幸二
鹿児島こども病院 
 古城圭馴美 内門 一 奥 章三
同心会 古賀総合病院
 黒木暢一 松浦良樹
那覇市立病院
 知花なおみ 上地修裕
鹿児島市保健所
 田中直子 山下淳一 土井由利子
鹿児島市保健環境試験所
 外城秀己 和田香織
伊集院保健所
 下原美智子 宇田 英典
宮崎県衛生環境研究所
 吉野修司 宮原聖奈 杉本貴之
鹿児島県環境保健センター
 中山浩一郎 御供田睦代 大坪充寛
九州大学 大学院医学研究院 細菌学分野
 後藤恭宏 小椋義俊 林 哲也
鹿児島大学病院 医療環境安全部感染制御部門
 川村英樹
鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科微生物学分野
 藺牟田直子 大岡唯祐 西 順一郎

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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