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福岡県内の終末処理場流入水および胃腸炎患者検体からのヒトサポウイルス検出率向上に向けた取り組み

(IASR Vol. 42 p124-126: 2021年6月号)

 
はじめに

 ヒトサポウイルス(HSaV)は構造タンパク質(VP1)領域の塩基配列に基づきGⅠ, GⅡ, GⅣおよびGⅤの4つの遺伝子群に分類される。このうちGⅠは7種(GⅠ.1-GⅠ.7), GⅡは9種(GⅡ.1-GⅡ.8, GⅡ.NA1), GⅣは1種(GⅣ.1), GⅤは2種(GⅤ.1-GⅤ.2)の合計19種類の遺伝子型が確認されている1-3)。HSaVの遺伝子検査における検出用プライマーには多数の報告がある1)。近年, これらすべての遺伝子型を検出可能なPCRのプライマーセットが既報, 新規含め複数報告された4)。そこで今回, HSaV検出率の向上と福岡県における流行実態把握のため, genogroupingプライマーであるM13F-SaV1245Rfwd/M13R-SV-G1R, -G2R, -G4R, -G5Rプライマーセット4)(M13-genogroupingプライマー)を用いた検出系により, 福岡県内で採取された終末処理場流入水および感染性胃腸炎糞便検体からHSaVの検出を行った。また, HSaV検出実績のあるその他検出系を用いて同様に検出を行い, 検出結果について比較を行ったので報告する。

材料と方法

 検査材料には, 2018年9月~2020年3月にかけて毎月県内2カ所の終末処理場(処理場Aおよび処理場B)で採取された流入水検体(処理場Aと処理場Bそれぞれ19検体, 合計38検体), および, 2018年4月~2020年3月にかけて感染症発生動向調査事業により県内の病原体定点から搬入された感染性胃腸炎の糞便検体(合計212検体)を使用した。

 検査方法の概要を表1に示した。流入水検体についてはnested PCRにより検出を行った。M13-genogroupingプライマーを用いた検出系として, 1st PCRでSaV1245Rfwd/SV-G1R, -G2R, -G4R, -G5Rプライマーセット5,6)により増幅後, M13-genogroupingプライマーのうち各遺伝子群のプライマーペアで2nd PCRを行った。また, 比較として環境水検体からの検出実績5,7,8)のあるSVF22/R2ユニバーサルプライマーセット6)(SVF22/R2)を用いたnested PCRを行った。糞便検体についてはsingle-round PCRにより検出を行った。M13-genogroupingプライマーまたはSR80/JV33プライマーセット9)(SR80/JV33)により検出を行った。遺伝子型はダイレクトシークエンスを行い, BLAST(basic local alignment search tool)により決定した。また, 流入水検体および糞便検体それぞれについて, HSaVが検出された場合にはリアルタイムPCR10)により定量を行った。

終末処理場流入水検体からの検出結果

 2カ所の終末処理場における流入水検体のHSaV検出結果をに示した。調査期間中のいずれの検体からもHSaVが検出され, 定量値は処理場Aにおいて2.52×105-2.28×107copies/L, 処理場Bにおいて6.29×105-2.72×107copies/Lであった。M13-genogroupingプライマーによるnested PCRを行った結果, いずれの検体からもHSaVが検出された。検出された遺伝子型の内訳は, 処理場AにおいてGⅠ.1, GⅠ.2, GⅡ.1, GⅡ.3, GⅣ.1, GⅤ.1, 処理場BにおいてGⅠ.1, GⅠ.2, GⅡ.1, GⅡ.3, GⅣ.1, GⅤ.1であった。一方, SVF22/R2によるnested PCRでは主にコピー数の高くなる秋季~冬季における検体から検出された。検出された遺伝子型の内訳は, 処理場AにおいてGⅠ.1, GⅣ.1, GⅤ.1, 処理場BにおいてGⅠ.1, GⅠ.2, GⅣ.1, GⅤ.1であった。

感染性胃腸炎糞便検体からの検出結果

 糞便検体におけるHSaV定量結果および遺伝子型別結果を表2に示した。212検体のうち, M13-genogroupingプライマーでは18検体から(陽性率:8.49%), SR80/JV33では13検体から(陽性率:6.13%)HSaVが検出された。M13-genogroupingプライマーで検出されたHSaVの遺伝子型の内訳はGⅠ.1が8検体, GⅡ.1が5検体, GⅤ.1が4検体, GⅡ.3が1検体であり, このうちGⅤ.1の4検体とGⅡ.3の1検体についてはSR80/JV33では検出されなかった。

まとめ

 本調査で使用したM13-genogroupingプライマー4)は従来のgenogroupingプライマーであるSaV1245Rfwd/SV-G1R, -G2R, -G4R, -G5RそれぞれのプライマーにM13配列が付与されている。これは従来のgenogroupingプライマーではシークエンス反応がうまく進まない問題があったことから, M13配列を付与し, これをシークエンスプライマーとすることでこの問題を解消できるように設計されたものである。M13-genogroupingプライマーは人工核酸または糞便検体を対象に反応性が評価されており, 環境水検体における使用例はこれまでなかった。今回, M13-genogroupingプライマーを用いた検出系により流入水検体からGⅠ-GⅤの4種類すべての遺伝子群が検出され, SVF22/R2で検出されなかった検体においても少なくとも1種類以上の遺伝子型を検出することができた。流入水検体のように多様な遺伝子型のHSaVが含まれていることが想定される場合, M13-genogroupingプライマーはそれぞれの遺伝子群に特異的なプライマーを用いることから, ユニバーサルプライマーであるSVF22/R2と比較して多様な遺伝子型を検出できると考えられた。また, 流入水検体から検出された遺伝子型は糞便検体から検出された遺伝子型とよく一致しており, 県内の流行を反映していると考えられた。糞便検体においては, M13-genogroupingプライマーを用いた検出系で検出されたGⅤの4検体とGⅡ.3の1検体が, SR80/JV33では検出されなかった。SR80/JV33のGⅤに対する反応性の低さは過去にも報告があり11), GⅤの4検体の糞便中のコピー数はそれぞれ4.40×105-7.98×109 copies/g stoolであったが, いずれもSR80/JV33では検出されなかった。GⅡ.3の1検体についても糞便中のコピー数は5.14×108 copies/g stoolと十分なウイルス量であると考えられるが, SR80/JV33では検出されなかった。HSaVの流行実態を詳細に把握するには, 多様な遺伝子型をカバーできる検出系を選択することが重要である。本調査で使用したM13-genogroupingプライマーによる検出系は, 流入水検体と糞便検体いずれにおいても, 多様な遺伝子型を検出するという点において有効な検出系であると考えられた。

 国内ではGⅠとGⅡの検出が多く, GⅣとGⅤの検出は稀である12)。本調査においても糞便検体からは主にGⅠ.1およびGⅡ.1が検出され, これらが県内で主に流行していたと考えられた。しかしながら今回, 流入水検体から高頻度にGⅣとGⅤが検出され, 糞便検体からもGⅤが複数検出された。特に流入水検体においてGⅣおよびGⅤが継続的に検出された報告は少なく, 本調査結果において興味深い点と考えられる。調査期間中にこれらの遺伝子群の感染者が多かったためなのか, または検出系の感度向上によるものであるのかを含め, 今後も調査を実施し, 評価をする必要がある。

 

参考文献
  1. Oka T, et al., Clin Microbiol Rev 28: 32-53, 2015
  2. Diez-Valcarce M, et al., J Clin Virol 104: 65-72, 2018
  3. Diez-Valcarce M, et al., Microbiol Resour Announc 8: e01602-18, 2019
  4. Oka T, et al., Arch Virol 165: 2335-2340, 2020
  5. Kitajima M, et al., Appl Environ Microbiol 76: 2461-2467, 2010
  6. Okada M, et al., Arch Virol 151: 2503-2509, 2006
  7. Grant H, et al., Emerg Infect Dis 13: 133-135, 2007
  8. Kitajima M, et al., Appl Environ Microbiol 77: 4226-4229, 2011
  9. Vinje J, et al., J Clin Microbiol 38: 530-536, 2000
  10. Oka T, et al., J Med Virol 91: 370-377, 2019
  11. Harada S, et al., J Med Virol 81: 1117-1127, 2009
  12. 病原微生物検出情報, ノロウイルス等検出状況
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-noro.html

福岡県保健環境研究所          
 小林孝行 中村麻子 上田紗織 芦塚由紀
国立感染症研究所ウイルス第二部     
 岡 智一郎              
国立感染症研究所安全実験管理部     
 高木弘隆

 

 

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