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新型コロナウイルス感染症流行下での宮城県における感染性胃腸炎の流行状況

(IASR Vol. 42 p230-232: 2021年10月号)

 
はじめに

 感染性胃腸炎は, 細菌やウイルスを原因とする急性胃腸炎の総称であり, 下痢, 嘔吐, 発熱を主な症状とする。多くはウイルス性によるものであり, 中でもノロウイルスが原因になることが多いため, 例年は冬に発生のピークを迎えている。

 2019年12月に中国で確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, 2020年1月に日本国内での感染が確認され, その後の感染拡大にともない4月上旬には緊急事態宣言が発出され, 全国的な対策が行われた。各人においても日常的なマスクの着用や手洗いの励行, 3密の回避など, 新しい生活様式が提唱されている。これらの行動変容が, 他の感染症の流行に影響を及ぼしている可能性が示唆されており, インフルエンザや呼吸器疾患については減少が報告されているが, 消化器疾患については報告が少なく, 詳細は明らかではない1-3)

 そこで, 今回, 我々はCOVID-19の流行による行動変容が感染性胃腸炎の流行に影響を与えているのではないか, との仮説を立て調査を行ったので報告する。

方 法

 調査期間は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)流行前の2017年1月から流行期間中の2021年6月までとした。感染性胃腸炎の流行状況の把握には, 宮城県結核・感染症情報センターおよび国立感染症研究所感染症疫学センターの小児科定点における感染性胃腸炎患者報告数を用いた。

 また, 同時期に宮城県保健環境センター微生物部へ検査依頼があった急性胃腸炎集団感染事例数についても集計を行った。急性胃腸炎集団感染事例数については, 保育所や幼稚園, 介護老人保健施設(老健施設)等から通常とは異なる急性胃腸炎の発生の集積があるとして保健所へ報告された事例(非食品媒介性集団感染事例)と, 共通の食事や施設の利用が急性胃腸炎の原因と疑われた事例(食品媒介性集団感染事例), それぞれについて計上した。

結果と考察

 2020年の宮城県における感染性胃腸炎患者報告数は, 過去3年の平均4.8人/週に対し, 平均2.0人/週であり, 第5週(1月下旬)をピークとして, その後12月まで2019年以前の患者報告数を下回った(図1上)。加えて, これまでの流行期であった冬においても患者報告数は著しく少なく, 2021年も同様の傾向が続いている。全国的にも, 2020年の感染性胃腸炎の流行は小規模であり, 過去3年の小児科定点における感染性胃腸炎患者報告数が平均5.1人/週であったのに対し, 2020年は平均2.5人/週であった(図1下)。また, 2021年においても患者報告数は引き続きSARS-CoV-2流行前の値を下回っている。

 当所へ検査依頼があった急性胃腸炎集団感染事例数については, 保育所や老健施設などでの発生が報告された非食品媒介性集団感染事例は, 過去3年と比較して2020年3月以降著しく少なかった(図2)。また, 2020年4月~2021年6月までの期間においては, 急性胃腸炎集団感染の発生は保育所や幼稚園のみで報告されている。一方で, 検査依頼があった食品媒介性集団感染事例は, 過去3年と比較して事例数に大きな減少はなく, 2020年3月以降の報告施設についても, 飲食店, ホテル, その他の順に多く, 報告施設の割合に大きな変化はなかった(図3)。

 非食品媒介性集団感染は, 病原体が付着した手指などを介した経口感染を主な経路として感染が成立する。SARS-CoV-2流行下, 2020年3月以降の減少は, マスクの着用や手洗いの励行などの行動変容が影響した可能性がある。一方, 食品媒介性集団感染は食品を介した感染の他, 食品中での微生物の増殖や毒素の産生も感染成立に影響するため, これらの行動変容の影響が少なかったと考えられる。

 また, 当所での病原体検索の結果, 非食品媒介性集団感染事例では例年90%以上がウイルスを原因とする事例であり, SARS-CoV-2の流行期間中においても同様であった。これに対して, 食品媒介性集団感染事例に占めるウイルスが原因であった事例は, SARS-CoV-2流行前および流行下でともに20-60%であった。この原因とされる病原体の違いも食品媒介性集団感染事例数が大きく変化しなかった一因と考えられた。

 宮城県における感染性胃腸炎患者報告数と非食品媒介性集団感染事例数は, 2020年はともにSARS-CoV-2流行前の値を下回り, 2020~2021年の冬季にかけても増加は確認されなかった。

 以上のことから, COVID-19流行下での宮城県における感染性胃腸炎の流行は, 全国的な流行状況と同様, 小規模であったといえる。

 COVID-19の流行にともなう行動変容や行動制限により, 感染症の流行状況は今後も変化する可能性があり, 動向の注視が必要である。

 

参考文献
  1. Fricke LM, et al., J Infect 82: 1-35, 2021
  2. Sakamoto H, et al., JAMA 323: 1969-1971, 2020
  3. Itaya T, et al., Int J Infect Dis 97: 78-80, 2020

宮城県保健環境センター微生物部  
 坂上亜希恵 佐々木美江 植木 洋

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan