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日本脳炎 2007~2016年

(IASR Vol. 38 p.151-152: 2017年8月号)

日本脳炎は主にコガタアカイエカが媒介する日本脳炎ウイルス(JEV)感染によって起こる。感染者の大半は無症候だが, 1~2週間の潜伏期を経て発症すると致命率は約20~40%で, 発症者の半数には後遺症が残る。日本脳炎は, 1999年4月に施行された感染症法に基づく全数把握の4類感染症であり, 診断した医師は直ちに届出することが義務付けられている(届出基準: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-24.html)。感染症流行予測調査では, 1962年より, 毎年あるいは数年おきに地方衛生研究所がヒト(感受性調査)とブタ(感染源調査)の抗体調査を行い, 国立感染症研究所で集計・解析を実施している。本特集では, 2007~2016年の日本脳炎発生状況について述べる(2008年まではIASR 30: 147-148, 2009)。

 患者発生状況:わが国では, 1960年代まで日本脳炎患者は年間1,000例を超えていた。しかし, 1954年より日本脳炎ワクチン接種が開始され, 媒介蚊の減少などの環境要因の変化も相まって, 患者報告数は減少した。1980年代は年間数十例, 1992年以降は年間10例前後となり(図1), 2007~2016年の10年間には合計55例の患者報告となった(うち2007年報告の1例は2006年の発症)。2017年は7月末現在患者の報告はない。

2007~2016年の報告患者55例のうち, 国外感染は1例(推定感染地域:インド), 他の54例はすべて国内感染であった。国内感染例の発症は, 大半が8~9月で, 最も早い発症は4月14日(2014年, 推定感染地域: 兵庫県)で, 最も遅いものは11月18日(2011年, 推定感染地域:長崎県)であった(図2)。国内の推定感染地域は, 関東以西の23府県で, 特に九州・沖縄地方が多かった(22例)(図3)。患者の性別は, 男性が33例, 女性が22例であった。患者の年齢は, 39例が60歳以上, 10歳以下が7例であった(図4)。2007~2016年の報告患者55例中, 届出時点での死亡は6例(男性2例:女性4例)であった。

日本脳炎ワクチン(本号1415ページ):ワクチン接種は2期に分かれる。定期接種のうち, 第1期は6か月以上90か月未満の間に1回目・2回目を接種し, その後概ね1年を経過した時期に追加1回の合計3回接種, 第2期は9~13歳未満に1回接種が行われている。標準的接種時期は, 第1期は3歳で2回, 4歳で3回目(第1期追加), 第2期は9歳である。しかし, 2015年に10か月齢乳児の日本脳炎患者発生があり(本号3ページ), 自治体によっては生後6か月から接種が実施されている。

ヒト抗体調査(本号9ページ):中和抗体価10以上の抗体保有率(図5)は, 2016年の調査では, 定期接種年齢である生後6か月以上3歳未満では低く(20%以下), 同じく標準的接種年齢である3歳では約70%, 4歳から30~34歳では80~90%であった。35歳以上の年齢層では, 年別の調査から抗体保有率は世代により異なっていることが分かる。例えば, 65~69歳の年齢群の抗体保有率は, 1988年(1919~1923年生まれの世代) では約90%であったが, 2008年(1939~1943年生まれの世代) では55%, 2016年(1947~1951年生まれの世代)は30%と, 年々抗体保有率は減っている。

ブタ感染調査(本号11ページ):ブタは他の脊椎動物と比べ長く(4~5日)高いウイルス血症を示すため, JEVの増幅動物として機能する。一般にブタは6~10か月齢で食肉用として出荷されるため, JEVに感受性のあるブタが毎年存在することになる。そしてヒトは, JEV感染ブタの血液を吸血した蚊に吸血され感染する。このため, 夏季にと畜場に集められる生後5~8か月齢のブタのJEVに対するHI抗体陽性率を調査し, JEV感染リスクの評価に利用している(図6)。2016年10月末までに調査された33都道県中26道県で抗体陽性のブタが確認され, 17県でHI抗体保有率が50%以上となった。ブタのHI抗体保有率の高い地域から患者が報告される傾向があり, ブタの感染調査がJEV感染対策に有用であることが示唆される(図3, 図6)(https://www.niid.go.jp/niid/ja/yosoku-index.html)。なお, 2016年に4例の日本脳炎患者報告があった長崎県対馬市には, 島内に養豚場が存在せず, イノシシなどが増幅動物であった可能性がある(本号57ページ)。

JEV分離・検出:JEVにはI~V型までの5つの遺伝子型があり, 日本での分離は1980年代までは遺伝子型III型のみであった。しかし, 1980年代後半よりI型が検出されるようになり, 1990年以降現在までI型が主となっている(本号4&12ページ)。ヒトはウイルス血症の期間が短く, 一過性に上昇し速やかに消失するため, 患者からのJEV分離や遺伝子検出は困難である(本号8ページ)。よって, 今後も患者からのJEV遺伝子検出の試みを継続するとともに, 蚊およびブタからのウイルス分離や遺伝子検出を行い, JEVの動向を監視することが重要である。

おわりに:わが国では1990年代以降, 日本脳炎患者の報告数は毎年10例程度と少ない。近年, 患者の大半は抗体保有率の低い60歳以上の高齢者である(図4)。なお, ワクチン接種等の対策をとっていない国では, 5歳以下小児の患者発生が最も多く, 患者の約75%は14歳以下の小児である(本号1618ページ)。わが国でも10歳以下の患者も報告されており, ワクチン接種は, 日本脳炎の重要な感染・発症予防手段である。

また, 日本脳炎は特異的な所見・症状に乏しく, かつ報告数が少ないため, 一般的に臨床診断は困難である。従って, 夏季に原因不明の脳炎・脳症が発生した場合には, 日本脳炎を鑑別診断の項目に加え積極的に検査することが重要であり, 日本脳炎発生状況を正確に把握することにも繋がる。

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