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クラスター対策班接触者追跡チームとしての疫学センター・FETPの活動報告

2020年5月20日現在

国立感染症研究所 感染症疫学センター

国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース

 

■ はじめに

2020年2月25日、国内の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策を目的として厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部にクラスター対策班が発足した。国立感染症研究所感染症疫学センターの職員、実地疫学専門家養成コース(FETP)研修生、FETP修了生を主体としてクラスター対策班接触者追跡チーム(以下「現地派遣チーム」という)が構成され、各都道府県の派遣要請に応じて対策支援を行った。なお、派遣要請を受ける事例は、感染者数や死亡者数が多い、社会的注目を浴びるなどの状況があった。

FETPとは感染症危機管理事例を迅速に探知し適切に対応できる実地疫学専門家の養成コースで、1999年に設置され20年以上の歴史をもつ(https://www.niid.go.jp/niid/ja/fetp.html)。自治体の要請をうけ、感染症法第十五条に基づく積極的疫学調査の支援を行っている。当該派遣においては、「感染症危機管理人材養成事業における実地疫学調査協力に関する実施要領(平成一二年二月一七日発)」に基づき守秘義務が課されており、要請機関の自治体の承諾なく、得られた疫学情報を外部に公表することはない。

以下に、2020年2月25日~5月20日における現地派遣チームの活動概要を報告する。

 

■ 活動実績

上述の期間に30都道府県から58件の派遣要請をうけ、計74のクラスター事例に対し、国立感染症研究所の職員17名、FETP研修生13名、外部組織に所属する15名の計45名が現地で対策支援を行った。現役FETP研修生を除く32名の派遣者のうち17名はFETP修了生であった。また派遣先自治体等に所属するFETP修了生13名が共に活動した。1要請あたりの派遣日数は1~54日(中央値5日)であった。厚労省クラスター班が自治体の報道発表等をもとに、独自に集計した結果では、5月20日時点で計262事例(うち医療機関93事例、高齢者福祉施設41事例、障害者福祉施設9事例)のクラスターが国内で認められており、現地派遣チームは発生したクラスターの約3割に関与していたことになる。

派遣先では各自治体の要望に応じて、データのまとめ及び記述疫学、クラスターの発生要因や感染ルートの究明、市中感染の共通感染源推定等の疫学調査支援、医療機関や福祉施設等における感染管理対策へのアドバイス、他自治体や関係機関との連絡調整等を行った。

 

■ 事例の概要、得られた知見

現地派遣チームが関与した医療機関の事例は36事例(病床200床未満の医療機関14事例、200~399床11事例、400床以上11事例)であった。事例対応終了時の1施設あたりの感染者数の中央値は25例(範囲3-214)であった。高齢者福祉施設事例は12事例で、その内訳は介護老人保健施設、有料老人ホーム、デイサービスなど様々あり、感染者数は入居者、利用者及び職員で408例、うち死亡者は59例であった。障害者福祉施設の事例は2事例で、感染者数は通所者、入居者及び職員で158例であった。これら50事例において、明らかな感染源が推定できた事例は23事例あり、そのうち患者または利用者の施設内への持ち込みが原因と推定されたものが18事例、職員と推定されたものが5事例であった。

医療機関事例の感染拡大要因は、基本的な手指衛生の不徹底、不十分あるいは不適切な個人防護具(PPE)の使用、COVID-19が疑われていない場合の不十分な標準予防策、不適切なゾーニングと考えられた。また、Infection Control Team, Infection Control Nurseおよび病院全体として、データ管理体制が備わっていない、指示系統が未確立、関係者間の情報共有が不十分であったことが全体像把握と初期対応の遅れ、感染拡大助長の要因となったと考えられた事例も認めた。感染拡大経路は、1)患者から職員への感染については看護、介護等の業務に伴う飛沫、身体接触の多いケアを中心とする接触感染、2)職員間の感染については食堂、休憩室、更衣室などの換気しにくく、狭く密になりやすい環境での飛沫、接触感染、また、物品の共有(仮眠室のリネン、PHS等)の可能性が推定された事例もあった。

福祉施設事例の特徴は、①介護支援等で密接に接触する機会が多く、職員が必ずしも感染管理に精通していないことより感染拡大規模が大きくなり、長期化しやすいこと、②入所者や施設機能の特徴から必要な感染対策の厳守が難しいこと、③高齢者の場合、重症化リスクが大きいことであった。福祉施設の感染対策においては、事例発生前の基本的な感染管理に関する研修に加え、事例探知後も職員への標準予防策・接触予防策・適切なPPE装着等の感染管理の指導を徹底することが重要である。ただし、このような研修や日常的な指導ができる職員が福祉施設に常勤している事は稀なため、地域の感染管理専門家の支援を得ることが望ましい。同様に、有事の際に介護支援等にあたれる人員確保の体制を地域レベルで作っておくことが必要である。

病院や施設でクラスターが発生すると、多くの職員が感染者や濃厚接触者となり、勤務できなくなることより病院・施設の機能維持が困難となった。また、当該病院や施設の多くで、職員本人や家族に対しての差別、偏見で苦しむ職員が多く見受けられた。

 

 市中感染事例は計15事例に対応した。市中の散発例の発見には、感染者が医療機関を受診し、医師がCOVID-19を疑う必要があるが、問診時のキーワード(他の感染者とのリンクや共通曝露源を連想させる詳細な情報)を関係者と共有しておくことが、対応・対策を講じるうえで大変有効と考えられた。市中感染の感染拡大リスクとして、密な空間で長時間、近距離で接触する環境が挙げられ、多くの人がマスク等を外す場面でその傾向が強かった。具体的にはライブハウス、会食、接待を伴う飲食店、スポーツジム、カラオケ、会議等の場面があった。流行地から渡航した者に対応する職業の従事者や、複数の職業・職場を兼務していることが異なる職域への感染拡大の要因となる例があった。

 全体として、入院調整、積極的疫学調査、検査調整など多岐にわたる対応が自治体に求められる中で、関係各所が定期的に現状と対応、課題を共有し、指示系統が明確化されたリーダーから明確な指示が発信されていた自治体の対応はよりスムーズな印象であった。

 

 国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターでは、自治体からの依頼を受けゲノム解析が行われた。ゲノム情報のみでは感染者間や事例の連続性を断ずることはできないが、疫学調査で得られた情報と合わせることで、感染経路や地域への拡がりを含めた全体像の理解と公衆衛生対策に有用と考えられた。

 

■ 調査の課題

 積極的疫学調査は感染源推定と全体像把握に重要である。しかし、感染源推定のための感染者本人への聞取り調査では、本人の記憶に基づくこと、個人情報の流出、本人への偏見・過剰なバッシングへの恐れ、周囲への影響の懸念等の理由で、感染者の協力が十分に得られないことなどの制限が生じていた。さらに、保健所の疫学調査実施人員の不足で発症前の行動歴が十分に調べられず、感染源不明となる例もあった。感染源不明例が多くなると、SARS-CoV-2保有集団の拡がりが判断できず、全体像の把握が困難となっていた。また、自治体と厚労省および自治体間の情報管理や情報共有がスムーズに行えず、適切な疫学調査の実施が困難な例もあった。

一方、丁寧な聞き取り調査を続けることで、後に感染源が推定される疫学的リンクが判明する場面を多く経験した。地域の現状を把握するために重要である積極的疫学調査を迅速かつ適切に実施するためには、それが実施可能な人員や、情報共有の方法を含め、調査体制を整えることが必要と考えられた。

 

■ まとめ

COVID-19集団発生事例へのこれまでの現地派遣チームの対応について簡単にまとめた。有効性の確実な治療薬やワクチンがない中で、唯一積極的に予防策を実施する方法は、行動歴を含めた感染者情報を収集し、できるだけ正確に濃厚接触者を同定し、感染予防策を実施することである。そのためには適切な関係者間で同じ情報を迅速に共有することが重要である。

 これまでの調査で得られた知見に基づき、各分野に関するガイドラインなどを国立感染症研究所ウェブサイト「新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 関連情報ページ」に掲載している。https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov.html
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