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クラスター対策班接触者追跡チームとしての疫学センター・FETPの活動報告(2)

2020年10月2日現在

国立感染症研究所 感染症疫学センター

国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース

 

■ はじめに

2020年2月25日、国内の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策を目的として厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部にクラスター対策班が設置された。同班のうち接触者追跡チームは国立感染症研究所感染症疫学センターの職員、実地疫学専門家養成コース(FETP)研修生、FETP修了生を主体として構成され(以下、現地派遣チーム)、各都道府県の派遣要請に応じて現地において対策支援を行い、その後も必要に応じて遠隔支援を行っている。

FETPとは感染症危機管理事例を迅速に探知し適切に対応できる実地疫学専門家の養成コースで、1999年に設置された(https://www.niid.go.jp/niid/ja/fetp.html)。自治体の要請にもとづき現地へ派遣され、感染症法第十五条に基づく積極的疫学調査の支援を行っている。当該派遣においては、「感染症危機管理人材養成事業における実地疫学調査協力に関する実施要領(平成一二年二月一七日発)」に基づき守秘義務が課されており、要請機関の自治体の承諾なく、個人・施設や自治体を特定される疫学情報を外部に公表することはない。

以下に、2020年2月25日~10月2日の期間において現地派遣チームが対応した事例の概要を報告する。

 

■ 活動実績

2020年10月2日時点で現地派遣チームが関与した事例は計118事例であった。派遣されたのは、国立感染症研究所の職員17名、FETP研修生14名(3月までの研修生3名を含む)、外部組織に所属する21名(FETPを3月で修了し、 4月以降に外部所属となった1名を含む)の計52名であった。外部組織に所属する派遣者のうち13名はFETP修了生(うち1名は3月までの研修生との重複)であった。また派遣先自治体等に所属するFETP修了生9名が共に活動した。事例の主な発生場所について、医療施設、高齢者または福祉施設、事業所、娯楽施設(カラオケ、ジムなど)、接待を伴う飲食店、飲食店、その他の場所、として分類可能な事例が計107事例あった。これらのうち、複数の事例があったものについての派遣期間は、表1.のとおりだった。

派遣先では各自治体の要望に応じて、症例や濃厚接触者のデータベース作成、データのまとめ及び記述疫学、クラスターの発生要因や感染ルートの究明、市中感染の共通感染源推定等の疫学調査支援、医療機関や福祉施設等における感染管理対策への助言、他自治体や関係機関との連絡調整等を行った。

 

医療施設

高齢者

福祉施設等

事業所

娯楽施設

接待伴う

飲食店

飲食店

学校等

事例数

48

21

10

9

6

5

4

現地の活動日数
中央値 (範囲)

5.5 (1-52)

5 (1-22)

1.5 (1-22)

8 (1-22)

5 (1-17)

2 (1-11)

8.5 (6-10)


 

■ 発生場所別の特徴

1報(2020520日現在)https://www.niid.go.jp/niid/ja/jissekijpn/9744-fetp.html で報告した内容を表2に抜粋し再掲する。

医療施設

【推定された主な感染拡大経路】
・患者→職員:看護、介護等の業務に伴う飛沫、身体接触の多いケアを中心とする接触感染
・職員間:食堂、休憩室、更衣室などの換気しにくく、狭く密になりやすい環境での飛沫、接触感染、また、物品の共有(仮眠室のリネン、PHS等)
【感染対策上の主な問題点・課題】
COVID-19が疑われていない場合の不十分な標準予防策
・基本的な手指衛生の不徹底
・不十分あるいは不適切な個人防護具(PPE)の使用
・不適切なゾーニング
【感染管理体制の主な問題点・課題】
Infection Control Team, Infection Control Nurseの機能が不足
・指示系統が未確立
・データ管理体制が備わっていない
・関係者間の情報共有が不十分で全体像把握と初期対応の遅れ
【医療体制への影響】
・多くの職員が感染者や濃厚接触者となった場合、病棟や病院の機能維持が困難となった

高齢者・福祉施設等

【感染対策上の主な問題点】
入所者や施設機能の以下の特徴から必要な感染対策の厳守が難しい
・介護支援等で密接に接触する機会が多い
・職員が必ずしも感染管理に精通していない
・感染対策に関する研修や日常的な指導ができる職員が福祉施設に常勤していることは稀
【医療体制への影響】
・多くの職員が感染者や濃厚接触者となった場合、施設の機能維持が困難となった

事業所、娯楽施設、接待を伴う飲食店、その他の飲食店など

【推定された主な感染拡大経路】
密な空間で長時間、近距離で接触する環境が挙げられ、多くの人がマスク等を外す場面でその傾向が強かった

その他、共通した課題等

・患者本人や家族、または勤務先や通学先に対しての差別、偏見で苦しむ者が多く見受けられた
・渡航者に対応する職業の従事者や、複数の職業・職場を兼務していることが異なる職域への感染拡大の要因となった事例を認めた

表2.事例の概要[1報(2020520日現在)https://www.niid.go.jp/niid/ja/jissekijpn/9744-fetp.html を再掲]

 

これらに加えて、発生場所ごとの複数の事例で認められた特徴として次のようなことが挙げられた。今後、これらの事例のまとめについては本HP上で続報するため、ここではごく簡単に述べるにとどめる。

 

〇医療施設

・院内での集団発生の発端と推定された患者について、治療中(経過観察中を含む)である基礎疾患の病態や治療状況、または受診の契機となった病態(外傷含む)、症状、臨床経過などからCOVID-19を疑うことが困難な場合、診断の遅れが院内での拡大につながった事例が複数認められた。

・一方、COVID-19専用病棟での職員の感染は、対応した事例のなかでは認めなかった。

・環境から職員への感染について、掃除時の間接的な接触感染によると推定された。

・患者との接触機会があるが、これまでは感染予防策を厳密に求められることが少なかった職種の医療従事者が、感染拡大に寄与した可能性があった。
 ・非常勤や外部嘱託職員に対する感染管理教育や研修が不十分であった。

 

〇高齢者・福祉施設

・平時の感染管理の教育や研修の機会が乏しい介護職員が、突然PPEを付けて対応せねばならない状況になり、適切なPPE使用を徹底するのに感染管理の専門家が常時張り付かねばならなかった事例が複数認められた。

・入所型施設で集団発生が起き、併設する通所型施設の利用者で感染が広がった事例が認められ、施設から利用者への迅速な連絡で、他施設での濃厚接触者が最小限に抑えられた事例が認められた。

・入所者の健康観察と記録はできていたが、職員の健康観察に関し記録がない施設で集団発生が起き、全体像の把握や感染源・感染経路のタイムリーな評価が困難であった事例が複数認められた。

 

〇事業所

・マスク着用不徹底に加えて、オフィスにおける換気が不十分だった(例:換気が悪い部屋での休憩時間の食事、換気が悪い部屋における、マスク着用なしのミーティング)。

 

〇娯楽施設、接待を伴う飲食店、その他の飲食店など

・従業員同士による店舗以外での環境での感染拡大が推測された。

・大声を出す活動(昼カラオケ、ホストクラブ、など)で、感染が広がった可能性がある事例が複数確認された。

なお、検査体制が充実したことに伴って、接触者に対する検査適応が拡大していた一方で、濃厚接触者の丁寧な同定と、その後の経過観察が疎かになる傾向も観察された。無症状の濃厚接触者の検査結果が陰性であった場合でも、健康観察期間中の陽性化や発症の可能性があることを十分に説明し、適切に拡大防止策を行うことが重要である。

 

■ まとめ

 これまで現地派遣チームが関わったCOVID-19集団発生事例についてごく簡単にまとめた。事例毎の詳しい特徴や調査・対応における課題については、引き続き報告する予定である。

 接触者調査の現地支援は、現地における対応の方針や枠組み、対応に従事している関係者を尊重・理解し、信頼関係を築いたうえで行うことが最も重要である。ここで取り上げた事例についても、自治体、事例が発生した施設等の関係者との信頼関係、協力がなければ調査を完遂できなかった。この場を借りて関係者の皆様へ深謝したい。
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