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新生児の日本紅斑熱症例―長崎県

(IASR Vol. 33 p. 304-305: 2012年11月号)

 

日本紅斑熱はRickettsia japonica による感染症であり、病原体を保有したマダニの刺咬によって感染する。近年発症数は増加しており、四国、九州を中心に全国で年間130例前後の報告があるが、好発年齢は60代以上の高齢者であり、小児、特に乳児の報告は稀である。今回過去の報告例の中で最年少発症と思われる日本紅斑熱の新生児症例を経験したので報告する。

症例:日齢24日の女児、長崎県西彼杵郡長与町在住。
主訴:発熱、発疹。
既往歴:出生40週1日、出生体重 3,216g、自然分娩で周産期に異常はなかった。
生活歴:両親、祖父母と同居。祖父母は農業を営んでいる。
現病歴:2012年8月某日、居住地域で「ひっつび」と称されているダニ(犬や野ウサギについているダニの一種、おそらくマダニ)が患児の右頭頂部に付着していたのを患児の祖父が発見し、採取して潰した。ダニは綿棒の先ほどの大きさになっており、潰すと中から血液が出てきたという。その2日後(第1病日)より足に発疹が出現し、第5病日には38.6℃の発熱を認め、発疹が四肢、体幹、顔面に広がった。同日夜に体温が39℃まで上昇したため、近医を受診した。毛細管血による血液検査にて白血球 16,800/μl (顆粒球34.2%、リンパ球49.2%、単球16.6%)、CRP 1.2 mg/dlと炎症反応の軽度上昇を認めていた。3回ほど嘔吐を認めたが哺乳力は良好で全身状態もよく保たれていたため、抗菌薬アモキシシリン内服、ヒドロコルチゾン軟膏を処方され、いったん帰宅した。第6病日、朝から38℃の発熱が持続し、頻回の嘔吐が出現したため、前医より紹介で当科を受診し、同日緊急入院となった。

入院時現症:体温39.1℃、呼吸数60/分、脈拍160/分、血圧76/47 mmHg。顔面、四肢、体幹、手掌・足底に1mm大の紅斑を伴う小丘疹が散発し、右頭頂部に1×1cm大の発赤を認め、中心に刺し口を認めた。口腔内に粘膜疹はなく、リンパ節腫脹は認めなかった。大泉門は平坦で、眼瞼結膜貧血なし、皮膚黄染を軽度認めた。心音、呼吸音に異常なく、腹部平坦、軟、腸蠕動音は認めなかった。下腿浮腫なく、末梢冷感を認めなかった。

血液検査:白血球 11,700/μl(顆粒球45 %、リンパ球47 %、単球8 %)、赤血球 389万/μl、Hb 12.5 g/dl、Hct 38.5%、血小板21.5 万/μl、CRP 5.9 mg/dl、PT-INR 1.25、APTT 46.4 sec、フィブリノーゲン 581 mg/dl、FDP 5.2 μg/ml、D-dimer 3.0 μg/ml

入院後経過:入院時(第6病日)、新生児敗血症疑いとして、抗菌薬アンピシリン(ABPC)とセフォタキシム(CTX)の静注を開始すると同時に、臨床症状(39℃を超える発熱、皮疹、刺し口)よりリケッチア感染症を疑い、両親に文書で同意を得た上でミノサイクリン(MINO)の点滴静注を開始した[初回投与15 mg/dose(約4 mg/kg)、以後、8 mg/dose(約2 mg/kg/dose)の12時間毎の点滴静注]。また、刺し口の皮膚生検を行い、血液と皮膚生検組織を国立感染症研究所へ送付し、リケッチア症に関するpolymerase chain reaction(PCR)を依頼した。治療開始2日後の第8病日に解熱がみられ、続いて第9病日には発疹も急激に消退し、血液検査上、炎症反応も改善し、播種性血管内凝固(DIC)への進行は認めなかった。第11病日に、入院時に採取した皮膚生検検体よりPCRにてRickettsia japonica が検出されたとの報告があり、日本紅斑熱と診断した。ABPC+CTXは中止したがMINOは第13病日まで合計8日間投与し、第13病日に退院となった。第13病日の血液検査で、薬剤性肝障害が認められたが、無治療経過観察を行ったところ、後日の血液検査で正常化が確認された。急性期(第6病日)と回復期(第20病日)のペア血清におけるR. japonica 抗体は、IgMが20倍未満から640倍へ、IgGが20倍未満から160倍へ上昇しており、診断が裏付けられた。

今回の症例は、ダニが患児の頭頂部で刺咬しているところを目撃されており、刺し口を見つけるのが容易だった点、日本紅斑熱に特徴的な手掌・足底の紅斑を認めた点、患児の居住する地域で以前にも日本紅斑熱の発生が認められていた点などより、日本紅斑熱を鑑別診断に挙げることができた。それにより治療を遅延なく開始することができ、速やかな治癒につながったといえる。また、第一選択薬であるテトラサイクリン系抗菌薬は小児では歯牙黄染等の副作用が報告されており使用が躊躇われるが、日本紅斑熱は治療が遅れた場合DICを合併して死亡する例も報告されているため、臨床的診断をつけたら速やかにテトラサイクリン系抗菌薬を使用することが重要と考える。

日本紅斑熱が60代以上の高齢者に好発し小児に少ないのは、野山に入ったり畑に入ったりしてマダニに刺咬される機会が高齢者に多く、逆に小児はあまり野山に入ることがないからだと考えられる。本症例は生後産院を退院した後は、生活のほとんどを室内で過ごしており、野山に入った形跡はない。おそらく同居する祖父母が畑から自宅へ持ち込んだマダニに室内で刺咬されたものと推測された。このように小児、特に新生児発症例では、患児だけでなく家族の生活歴を確認することが重要である。


長崎大学病院小児科
島崎綾子 濱口陽 原口康平 里龍晴 白川利彦 中富明子 中嶋有美子 森内浩幸
国立感染症研究所ウイルス第一部
安藤秀二 安藤匡子

 

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