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日本紅斑熱 1999~2019年

(IASR Vol. 41 p133-135: 2020年8月号)

日本紅斑熱はダニ媒介性のリケッチア症で, Weil-Felix反応が古くから国内に常在するつつが虫病と異なることから1984年に徳島県で初めて報告され, 近年増加傾向にある。紅斑熱群リケッチアに分類される偏性細胞内寄生細菌のRickettsia japonicaの感染により発症, 発熱, 発疹を主訴とし, 多くの患者にマダニの刺し口, 黒色痂疲(eschar)が見出される。発疹は四肢から体幹に広がり, 手掌や足底にもみられる。刺し口は類似疾患であるつつが虫病に比べ小さいなどの傾向がある。主な感染機会となる野外活動の際のマダニ刺咬から発症までの潜伏期間は2~8日と, つつが虫病(5~14日)より短い。日本紅斑熱は, 1999年に施行された感染症法に基づく全数把握の4類感染症であり, 診断した医師は直ちに保健所に届け出なければならない(届出基準はhttp://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-23.html)。つつが虫病との臨床的な鑑別は難しく, 届出には実験室診断での鑑別, 確定が必要である。

感染症発生動向調査:感染症法施行以前, 唯一の全国サーベイランスであった衛生微生物技術協議会つつが虫病小委員会による調査では, 日本紅斑熱は1984~1998年まで年間10~20数例, 累積213例の患者が, 関東以西の10県(徳島, 高知, 兵庫, 島根, 鹿児島, 宮崎, 和歌山, 三重, 神奈川, 千葉)で確認されていた(IASR 20: 211-212, 1999参照)。

1999年に日本紅斑熱が感染症法の4類感染症に指定されて以降, 2006年までは年間30~60例で推移していたが, その後増加傾向となり, 2017年には最多の337例が報告された。以降, 年間300例を超える状況が続き(図1, 表1および表2)(IASR 27: 27-29, 2006, 31: 120-122, 201038: 109-112, 2017参照), 2020年7月現在も年間最多となった2017年と同じペースで報告がなされている。感染症発生動向調査のシステムが2006年に現行の中央データベースシステムに変更された以降の2007~2019年には2,726例の届出があり, 推定感染地は全例が国内である。届出は三重県が最多(年平均37.2例)で, 次いで広島, 和歌山, 鹿児島, 島根, 熊本であった。しかし近年, 福島, 新潟, 栃木, 茨城, 石川, 滋賀, 奈良等で, 新たに県内での感染が推定される患者が報告され, 感染地域も拡がっていると考えられる(表2, 図2)。

同一自治体内でも, 患者の増加とともに離れた地域で患者が発生している(本号4ページ)。また, 極めて限定的な地域でほぼ同時期に複数の患者が発生した報告もみられる(IASR 38: 171-172, 2017 & 41: 13-14, 2020参照)。さらに, 野外活動のみならず, 家族により屋内へ持ち込まれたと推定されるマダニによって発症した新生児症例も報告されている(IASR 33: 304-305, 2012)。

性別年齢分布:2007~2019年の報告では, 男性1,262例(46%), 女性1,464例(54%), 60代以上の患者が多く, 年齢中央値は71歳(男性69歳, 女性73歳)であった。

症状および所見:2007~2019年の届出票の記載(n=2,726)では, 発熱99%, 発疹94%, 肝機能障害73%, 刺し口67%, 頭痛30%, 播種性血管内凝固症候群(DIC) 21%であった。刺し口は類似疾患であるつつが虫病より少なかった。また, 急性感染性電撃性紫斑症(AIPF)の合併も散見され(IASR 31: 135-136, 2010), DICから多臓器不全, 死亡に至った症例もみられた。

届出時点の死亡例は, 1999年4月~2018年末までの間は31例(致命率1.1%, 31/2,790)報告されているが, 2019年単独では13例(致命率4.1%, 13/318)であった(表1)。

急性期の血液所見では, 肝逸脱酵素, C反応性タンパク(CRP)の上昇, 血小板の減少(白血球数はほぼ正常範囲)などがみられ, マダニ刺咬や発生地域など類似の疫学背景を持つが, 治療法が異なる重症熱性血小板減少症候群(SFTS)との臨床的鑑別のための情報も蓄積されつつある(本号5ページ)。

ベクター:日本紅斑熱患者の診断月別報告数は, 5~10月にかけて増加し, 8~10月がピークとなり, マダニの活動時期と一致する。原因となるR. japonicaは, 3属8種(未確定Amblyomma testudinariumを含む未確定4属9種)のマダニから分離または検出されているが, ヤマアラシチマダニなどのチマダニ類が主体となっていると考えられる(本号6ページ)。ただし, それらのマダニ種には全国に拡がっているものがある一方, これまで確認されていなかった温暖な地域のマダニが東北地域でも確認されている(本号7ページ)ことから, マダニ種の分布の拡がりが患者の発生地域拡大に関与していることも考えられる。

実験室診断:日本紅斑熱の特異的実験室診断には, 間接蛍光抗体法や間接免疫ペルオキシダーゼ法などの血清診断, PCRなどの遺伝子検出法が用いられる。ただし保険適用はなく, 検査可能な施設は限られている。臨床的に日本紅斑熱を疑う患者を診察した場合には, 所管の保健所を通し, 地方衛生研究所や国立感染症研究所等で検査が可能である。これまで, 患者が多く報告されてきた自治体以外では, 検査が必ずしも容易でなかったため, より多くの施設で実施が進むよう, 2019年にリケッチア感染症診断マニュアルの改訂を行った(本号9ページ)。

治 療:日本紅斑熱をはじめリケッチア症には, テトラサイクリン系の抗菌薬が著効を示す。そのためリケッチア症を疑った場合には, 実験室診断の結果を待たず, 直ちに抗菌薬の投与が勧められる。これは未治療では致死性であるリケッチア症に対する国際的コンセンサスにもなっている。

国内の多様な紅斑熱群リケッチア症と輸入症例:国内を感染推定地域とする紅斑熱群リケッチア症は, 日本紅斑熱のみならず, R. heilongjiangensis, R. tamurae, R. helveticaなどによる複数の紅斑熱群リケッチア症が報告されている。宮城県で日本紅斑熱と報告された1例は, その後の精査でR. japonicaと極めて近縁なR. heilongjiangensisによる極東紅斑熱であることが判明し(IASR 31: 136-137, 2010), 青森県の1例も極東紅斑熱であった可能性が高い(表2)。また輸入感染症として, 様々な紅斑熱群リケッチア症が報告されている(IASR 20: 218-219, 1999, 27: 41-42, 2006, 31: 120-122, 2010, 31: 137-138, 2010 & 38: 123-124, 2017)。各種紅斑熱群リケッチアは遺伝的にも近縁で, 同種の株間でも, 分離年, 地域ごとの差異は極めて小さい(本号10ページ)。遺伝的な近縁性が影響した抗原の交差性の強さが紅斑熱群リケッチア症の血清学的鑑別を困難にしており, 米国のように届出の定義を再検討する必要も考えられる。

おわりに:日本紅斑熱は, 患者数が増加し続け, 発生地域も拡大し続けている。しかし, 有効な抗菌薬がありながら, なおも死亡例が報告されている。また, 日本紅斑熱をはじめとする多様なリケッチア症のみならず, 多様なダニ媒介性感染症が出現している中, 臨床症状, 発生地域などを総合的に判断した各疾患の鑑別がますます重要となっている。それらの疾患情報, 患者情報, 発生状況を的確に把握し, より有効な医療対応, 公衆衛生学的対応につながるサーベイランス体制, 診断検査体制, 情報発信の強化と継続が必要である。

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