国立感染症研究所
中南米で蔓延している熱性疾患で、オロプーシェウイルス(Oropouche virus)に感染することにより発症する。オロプーシェウイルスは節足動物媒介性ウイルスであり、主な媒介昆虫はヌカカ(Culicoides paraensis)である。
疫 学
オロプーシェウイルスは、1955年にトリニダード・トバゴの発熱患者から分離・同定された。以降、中南米全域でこれまでに50万人以上がオロプーシェウイルスに感染したと推定されている。これまでにブラジル、エクアドル、パナマ、ペルー、トリニダード・トバゴ、コロンビア、アルゼンチン、ボリビア、ベネズエラ、フランス領ギアナにおいて農村部や森林地帯を中心に患者が報告されており、ブラジルでは特にアマゾン熱帯雨林を中心に複数の州で集団発生と散発感染が報告された。1955年のトリニダード・トバゴでの発生以降、西インド諸島でウイルスが検出されたのは2014年のハイチが初めてである。2024年にはキューバでも発生し、イタリアでもキューバからの輸入症例が報告された。これはヨーロッパで初めてのオロプーシェウイルスによる輸入症例であった。
病原体
オロプーシェウイルスは、ブニヤウイルス目ペリブニヤウイルス科オルソブニヤウイルス属シンブ血清型群に分類される。オロプーシェウイルスのゲノムは、L、M、Sの3つの一本鎖(−)RNAセグメントからなる。Sセグメント(0.95kb)は核蛋白質(N)と非構造蛋白質(NSs)をコードし、Mセグメント(4.36kb)はウイルスの細胞への侵入を担い、さらにウイルス粒子構造を決定する2つの糖蛋白質(Gn、Gc)と非構造蛋白質(NSm)からなるポリ蛋白質をコードする。またLセグメント(6.85kb)はRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRP)をコードする。オロプーシェウイルスゲノムは三分節化されているため、2つのウイルスが1つの細胞に同時感染したときにウイルスゲノムの再集合が起こることが観察されている。この現象によりオロプーシェウイルスの病原性の変化やベクターに対する親和性の変化等が起こる可能性がある。さらにこれまでにオロプーシェウイルスに近縁のイキトスウイルス、マドレ・デ・ディオスウイルスおよびペルドイスウイルスが知られているが、これらのウイルスは、オロプーシェウイルスと共通のSおよびLセグメントと未知のウイルスのMセグメントをそれぞれ含有しているため、オロプーシェウイルスと未知のウイルスによる再集合体であると考えられている。
感染環
オロプーシェウイルスの感染経路として森林と都市の両方でそれぞれ感染環が成立することが知られており、都市型サイクルでは主にヌカカ(C. paraensis)とヒト間で感染環が維持されている。またネッタイイエカ(Culex quinquefasciatus)からもオロプーシェウイルスが分離されている。森林型サイクルについては不明な点が多く明らかとなっていないが、ナマケモノ亜目、マーモセット等の霊長目、齧歯目の哺乳類や鳥類からオロプーシェウイルスが検出されており、これら脊椎動物と森林地帯に生息するヤブカ属やCoquillettidia 属等の蚊の間で感染環が維持されている可能性が考えられている。
臨床症状
オロプーシェ熱の一般的な症状は、発熱、頭痛、倦怠感、関節痛、筋肉痛等をともなう急性熱性疾患であり、その臨床症状は多くの場合2~7日間で改善する。潜伏期間はこれまでの報告から、4~8日程度(3〜12日の範囲)とされている。まれに髄膜炎や脳炎を発症するが、公式に確認された死亡例は報告されていない。6割の患者が寛解後2~10日(まれに1カ月)以内に再度同様の症状を示すが、そのメカニズムは不明である。ほとんどの患者は後遺症を残すことなく回復するが、一部の患者では持続的な筋力低下が2〜4週間続くことが報告されている。
病原診断
オロプーシェウイルスはヒトに急性熱性疾患を引き起こし、発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、関節痛などの特異的でない症状を呈すため、中南米ではデング熱の重要な鑑別疾患である。その他にもジカウイルス感染症、チクングニア熱、マヤロ熱、ベネズエラウマ脳炎、レプトスピラ症、マラリア、リケッチア感染症やコクシエラ感染症等を診断する際の鑑別疾患としても重要である。よってオロプーシェ熱に対しては実験室診断が求められる。ウイルス学的検査では血清あるいは髄液からのウイルス分離、RT-PCRによるウイルスゲノムの検出が実施される。唾液、尿からもウイルスゲノムの検出が報告されている。血清学的検査では、血清あるいは髄液からのオロプーシェウイルス特異的IgMの検出あるいはペア血清による中和抗体価の上昇を確認することにより実験室診断を行う。
治療・予防
オロプーシェ熱に対するワクチンや特異的な抗ウイルス薬等はない。したがって、媒介昆虫対策が重要である。オロプーシェウイルスに感染するリスクを減らす主な手段は吸血昆虫に吸血されることを避けることである。そのためには吸血昆虫の防除が必要である。オロプーシェ熱の発生地域においては吸血昆虫との接触を防ぐため肌の露出をさけ、N,N-diethyl-3-methylbenzamide(DEET:ディート)あるいはイカリジン(ピカリジン)等を含む忌避剤を適切に使用することなどが重要である。
感染症法における取り扱い
感染症法における届出対象疾病ではない。
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(国立感染症研究所 ウイルス第一部 第二室)