国立感染症研究所

(2013年05月15日作成)

急性感染性胃腸炎は、世界における小児の死亡者、罹患者の最も多い原因の一つであり、5歳未満の小児の死亡者は年間180万人に上るという報告もある。その中で、ロタウイルスは特に乳幼児の重症急性胃腸炎の主要な原因病原体で、ロタウイルス感染症により世界では5歳未満の小児が約50万人の死亡があるとされ、その80%以上が発展途上国で起こっている。しかし、ロタウイルスは環境中でも安定で、感染力が非常に強いためたとえ衛生状態が改善されている先進国でもその感染予防はきわめて難しく、事実上生後6カ月から2歳をピークに、5歳までに世界中のほぼすべての児がロタウイルスに感染し、胃腸炎を発症するとされている。わが国におけるロタウイルス感染症による死亡者は稀ではあるが、それでも感染者数は非常に多いため、小児感染症における重要な病原体の一つであることは疑いの余地のないところである。

病原体

ロタウイルスはレオウイルス科(family Reoviridae )のロタウイルス属(genus Rotavirus)に分類され、11分節の二重鎖RNA ゲノムを含む直径約100nmの粒子である。粒子は、コア、内殻、外殻の3層構造からなる正二十面体タンパク質カプシドを有する(図1)。 ウイルス粒子の内殻蛋白質VP6の抗原性により、A~G群の7種類に分類される。ヒトへの感染が報告されているロタウイルスは、主にAとC群である。B群ロタウイルスのヒトへの感染も報告されているが、極めてまれである。外殻蛋白VP7、VP4は独立した中和抗原を有し、それぞれのたんぱく質によって規定される血清型をGタイプ、Pタイプという。一般的にVP7の免疫原性が強いため、ウイルス粒子の抗原性はGタイプと一致する。Gタイプ、Pタイプはこれまでにそれぞれ27、35種類報告されており理論上はそれらの組み合わせにより多数の遺伝子タイプが存在するが、ヒトで多くみられる血清型はGタイプがG1~4,G9、PタイプがP[8],P[4]で、これらの組み合わせで約88%のヒトにおけるロタウイルスの血清型がカバーできる。

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図1.ロタウイルスの構造. 11本のRNAの分節からなるゲノムと3層の構造タンパクから構成される。Parashar UD, Glass RI et al. Rotavirus. Volume 4, Number 4 –Oct–Dec 1998 http://www.cdc.gov/ncidod/EID/vol4no4/parasharG.htm#fig%203より

ロタウイルスの主な感染経路はヒトとヒトとの間で起こる糞口感染である。ロタウイルスは感染力が極めて高く、ウイルス粒子10~100個で感染が成立すると考えられている。また、ロタウイルスは環境中でも安定なため、汚染された水や食物などを触った手からウイルスが口に入って感染が成立する可能性も指摘されている。従って、たとえ衛生状態が改善されている先進国でもロタウイルスの感染予防はきわめて難しい。

疫学

先進国の代表として、米国のデータを示すと、5歳未満のロタウイルス感染症者での年間の死亡例が20~60人、入院が5.5~7万人、救急外来受診者が約20~27万人、41万人の外来受診者に上ると推計されている。

わが国では感染症法に基づく感染症発生動向調査において、全国約3,000の小児科定点から報告される5類感染症の「感染性胃腸炎」には多種の病原体による胃腸炎が含まれており、ロタウイルス胃腸炎もそこに含まれる。地方衛生研究所(地研)は、病原体定点(小児科定点の約10%)の胃腸炎患者から採取された便材料および集団発生例の調査などで採取された検体の病原体検査を行っている。2005~2010年にA群が検出された4,072例(年齢不詳を除く)中、1歳38%、0歳20%(ロタウイルス0歳児では月齢6カ月以上が多い)、2歳16%の順に多く、0~2歳が4分の3を占めた(図2)。この傾向はG1、G3、G9型検出例に分けてみても同様であったが、C群が検出された115例では、5~9歳が57%、10~14歳が20%を占めている(図3)。また、感染性胃腸炎の流行曲線を描くと、毎年年末年始にピークがあり、秋口にかけて減少をたどるが、ここからロタウイルスだけを抽出すると患者は年末から報告されるようになり、ピークは春先に認められる(図4)。

fig2 fig3

図2.感染性胃腸炎散発例からの年齢別検体病原体内訳(2005年9月~2012年5月)病原微生物検出情報(2012年6月7日現在)より

図3.ロタウイルス検出例の年齢(2005年9月~2012年5月)病原微生物検出情報(2012年6月7日現在)より

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図4.感染症発生動向調査に報告された感染性胃腸炎並びにロタウイルス胃腸炎の流行曲線

秋田県、三重県、京都府で行われたロタウイルス胃腸炎の調査研究によると、わが国における感染性胃腸炎患者のうち、ロタウイルスの占める割合は年間を通して42~58%と推計され、入院率は5歳未満の小児で4.4~12.7(1000人・年当たり)、すなわち5歳までにロタウイルス胃腸炎で入院するリスクは15~43人に1人と考えられている。この結果をもとに全国の入院患者を推計すると年間26,500~78,000人が入院していることになる。また、 入院患者の70~80%は2歳以下との報告がある。

臨床症状

ロタウイルスは小腸の腸管上皮細胞に感染し、微絨毛の配列の乱れや欠落などの組織病変の変化を起こす。これにより腸からの水の吸収が阻害され下痢症を発症する。通常2日間の潜伏期間をおいて発症し、主に乳幼児に急性胃腸炎を引き起こす。主症状は下痢(血便、粘血便は伴わない)、嘔気、嘔吐、発熱、腹痛であり、通常1~2週間で自然に治癒するが、脱水がひどくなるとショック、電解質異常、時には死に至ることもある。通常は発熱(1/3の小児が39度以上の発熱を認める)と嘔吐から症状が始まり24~48時間後に頻繁な水様便を認める。成人も感染、発病しピークは20~30歳代と50~60歳代に認められる。

ロタウイルスは遺伝子型が異なってもある程度の交差免疫が成立するため、初感染が顕性感染であれ、不顕性感染であれ、感染を繰り返すごとに症状は軽くなっていく。しかし、1度ロタウイルスに感染しただけでは免疫は不完全であり、乳幼児以降も再感染を繰り返すが、感染を繰り返すと重症化に対する防御効果がみられることがわかっている。一般的に新生児は不顕性感染に終わることが多く、おそらく母体由来の免疫によると考えられているが、乳幼児期以降ロタウイルスの感染を受け、年長児期以降の再感染では再び不顕性感染が多くなる。 ロタウイルスに感染している子どもと接触した成人のうち30~50%が感染すると言われているが、ほとんどの場合、それ以前の感染の影響で不顕性感染に終わることが多いと考えられている。

合併症

合併症としては、脱水症とそれに伴う各種の病態が主である。脱水の程度や臨床的重症度は他のウイルス性胃腸炎より重いことが多く、主に4~23か月児に重度の脱水症を認める。このほか、重度脱水症から生じる腎前性腎不全や高尿酸血症とそれに続く尿酸結石、腎後性腎不全、加えて、胃腸炎以外の疾患、例えば中枢神経疾患との関連性を疑わせる症例報告やウイルスの全身感染を示唆する報告もなされている。ロタウイルス脳炎・脳症の特徴としては、けいれんが難治性で、後遺症を残した症例が38%にのぼり予後不良であった。これらの患者の年齢は1歳児、2歳児が多く、急性胃腸炎の好発年齢に合致して報告患者が多くなっている。

病原診断

現在よく行われている遺伝子検査はロタウイルス共通のプライマーでfirst PCRを行い、ロタウイルスを増幅したのち、遺伝子型特異プライマーを用いてsecond PCRを行い、型特異的遺伝子を増幅するsemi-nested RT-PCR法である。また、最近はいくつかのウイルスを同時に1つの検体から検出するmultiplex RT-PCR法も行われるようになっている。

簡便な方法で最も臨床現場で用いられるロタウイルスの診断法には迅速診断検査(イムノクロマト法)を用いた診断法がある。便を用いてウイルス抗原を抗原抗体反応で検出する方法であり、15分程度で結果が判明する。遺伝子診断法をgold standardとしてイムノクロマト法を評価した結果感度は95%前後となっており、また市販されているキット同士の比較でも大きな差は認められていない。ただし、この検査法の欠点はキットがA群ロタウイルス特異抗体を使用しているためB、C群のロタウイルスは検出できない点である。

治療・予防

臨床的にロタウイルス胃腸炎に特異的な治療法はなく、下痢、脱水、嘔吐に対する治療を行う。治療法としては点滴、経口補液、整腸剤の投与がある。一般的には臨床的重症度が軽症の場合は経口補液、あるいは外来での静脈輸液を行う。中等症以上の場合は入院して静脈輸液、経口補液を併用する。また、合併症があるときには合併症に準じた治療を行う。

ロタウイルスの感染経路は主にヒトとヒトとの間で起こる糞口感染が主なルートと考えられているが、ロタウイルス感染下痢患者は便1g当たり1010個と多量のウイルスを排泄し、これが次の感染源となる。従って、オムツの適切な処理、手洗いの徹底、汚染された衣類等の次亜塩素酸消毒などによる処置が感染拡大防止の基本となる。しかし、これまで述べたように、ロタウイルスは環境中でも安定で、感染力が非常に強く(ウイルスが10~100個程度のごくわずかな粒子の経口感染で感染が成立する)、たとえ衛生状態が改善されていてもウイルスの感染予防はきわめて難しく、事実上世界中のほぼすべての児がロタウイルスに感染し、胃腸炎を発症するとされている。また、初感染時に重症化することが知られており、ロタウイルス感染症が原因の重症な合併症(急性脳症や多臓器不全など)が数多く報告されていることも考え合わせると、ロタウイルスワクチンによるロタウイルス感染予防は、重症胃腸炎並びに合併症の予防という両面から必要性が高いといえる。

ロタウイルスワクチン

ロタウイルス胃腸炎は初回感染時の症状が最も重く、2回目以降の感染は症状が軽くなるが、ロタウイルスワクチンはこの性質を応用し、ロタウイルス胃腸炎の重症化を予防することが目的のワクチンである。2012年6月現在、我が国において販売承認を取得しているロタウイルスワクチンは2つある。1つはロタウイルス胃腸炎患者から分離したヒトロタウイルスを弱毒化し、細胞培養で増殖後精製した1価経口弱毒生ワクチン(ロタリックス®)であり、他方はヒトロタウイルス及びウシロタウイルスの遺伝子をリアソータント(遺伝子組換え)させて生成した5価経口弱毒生ワクチン(ロタテック®)である。両ロタウイルスワクチンの特徴と接種スケジュールを表にまとめた(表)。

表.ロタウイルスワクチンの特徴と接種スケジュール

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ロタウイルスワクチン接種禁忌者は

  1. 明らかな発熱を呈している者
  2. 重篤な急性疾患にかかっていることが明らかな者
  3. 本剤成分によって過敏症を呈した、あるいは過敏症が疑われる症状を発現した者
  4. 腸重積症の既往のある者
  5. 腸重積症の発症を高める可能性のある未治療の先天性消化管障害を有する者
  6. 重症複合型免疫不全(SCID)を有する者
  7. その他予防接種を行うことが不適当な状態にある者
また、ロタウイルスワクチン接種要注意者としては
  1. 心臓血管系疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、血液疾患、発育障害等の基礎疾患を有する者
  2. 予防接種で接種後2 日以内に発熱のみられた者及び全身性発疹等のアレルギーを疑う 症状を呈したことがある者
  3. 過去に痙攣の既往のある者
  4. 免疫機能に異常がある疾患を有する者及びそのおそれがある者、免疫抑制をきたす治 療を受けている者、近親者に先天性免疫不全症の者がいる者
  5. 胃腸障害(活動性胃腸疾患、慢性下痢)のある者
となっている。

 

ワクチン接種後1週間程度はワクチンウイルスが便中に排泄される。これにより周りの人が胃腸炎を発症する可能性は低いが便を取り扱う際には手洗いを行うなどの注意が必要である。また、副反応としては易刺激性、下痢などが国内臨床試験で報告されているが、いずれも一過性で数日以内に回復し、重篤なものはまれである。なお、すでに数年間ワクチンの使用実績がある海外の市販後調査からの報告では非常に低い確率ながら、腸重積症の発症が報告されている。

感染症法における取り扱い(2013年10月更新)

「感染性胃腸炎」は定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約3,000カ所の小児科定点医療機関)は週毎に保健所に届け出なければならない。

「感染性胃腸炎(病原体がロタウイルスであるものに限る。)」は定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約500カ所の基幹定点医療機関※)は週毎に保健所に届け出なければならない。(2013年10月14日より)

※300人以上収容する施設を有する病院であって内科及び外科を標榜する病院(小児科医療と内科医療を提供しているもの)

届出基準はこちら

 
(国立感染症研究所 感染症疫学センター)

 

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